【四字熟語の処世術】一陽来復

 Date:2012年11月19日09時55分 
 Category:文学・語学 
 SubCategory:四字熟語の処世術 
 Area:指定なし 
 Writer:遠道重任
一陽来復


さだまさしさんの歌に「飛梅」というのがある。福岡県人には縁深き太宰府天満宮にある飛梅を題材にした歌だ。若い時に聞いたこの歌の歌詞に、なぜか心惹かれた。

心字池にかかる三つの赤い橋は  一つ目が過去で二つ目が現在
三つ目の橋で君が転びそうになった時  初めて君の手に触れた僕の指
手を合わせた後で君は神籤を引いて  大吉が出る迄とも一度引き直したね
登り詰めたらあとは下るしかないと  下るしかないと気づかなかった
天神様の細道

人は満月の美しさに心を奪われるが、その日は、満ちた月が欠け始める日であることを私たちに教えてくれる。同様に、お神籤(みくじ)の大吉は、その日が大凶への始まりの日であることを教えている。さださんは、この詩の中で、上り詰めようとする人の愚かさを歌っているようだ。

では、逆はどうだろう。大吉が大凶へのスタートラインなら、大凶は大吉へのはじめの一歩だと言える。新月は決して長く続くことはなく、すぐにも満月に向け新たな姿を現す。人は神籤(みくじ)をひいて大凶が出れば悲しむが、新月同様、それが大吉への一歩であると思えば心は楽になる。人が経験する最悪と思われる状況も、光が差し始める一歩だと考えれば、勇気が芽生える。もしあなたが今、その苦難を生きているのであれば、悲しむ余裕はない。次なる展開を信じて力強く歩み出さねばならない時だからである。

一陽来復(いちようらいふく)…64ある易の卦の一つ「地雷復」(ちらいふく)の卦である。純陰である地の卦の奥底に微かな陽の気が芽生えた卦である。すなわち、真っ暗闇のどん底にあっても、すでにその内側にはほのかな光が生まれ、育ち始めていることを教えているのだ。

全ては変転して留まることを知らない。何一つとして常なるものはないのである。終盤を迎えた大河ドラマ「平清盛」を記した平家物語の著者は、その冒頭で「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」と記した。古今を問わず諸行は無常なのである。無常といえば概ねネガティブな言葉と捉えやすいが、逆もまた真であり、逆境も極に至れば反転して好転の兆しを見ることができる。好事には魔多く、逆に艱難(かんなん)こそが汝を玉にするという諺(ことわざ)のあることも忘れてはならないのだ。

さて、あなたがもしお神籤(みくじ)を引いたなら、どんな卦が出ることを望まれるだろうか。