【街景寸考】路線バスのバスガール

 Date:2016年04月20日08時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 観光バスには女性バスガイドさんが同乗しているが、かつては路線バスにもバスガールと呼ばれる車掌さんが同乗していた。紺の制服を身に着けた彼女たちの働きぶりは、いかにも責任と誇りに満ちた職業婦人らしい印象を放っていた。

 乗車してきた乗客の安全を確認して、運転手に「発車オーライ」と合図をしたり、揺れる車内で切符を切り、年寄りや小さな子どもの乗降を手伝ったりするのが彼女たちの主な業務だった。加えて、踏切に差しかかると、一旦バスから降りて線路を小走りに渡って安全を確認したり、狭い道路で他の車と対向した場合は、すぐさま降りてバスの後方に回り、「ピー、ピー」と笛を吹きながら誘導したりする業務もあった。

 昭和30年代当初、バスガールは若い女性たちが憧れる職業の一つだった。憧れを強くした流行歌もあった。「東京のバスガール」という歌で、初代コロンビア・ローズという人気歌手が歌っていた。声色も容姿も飛び切り綺麗な歌手で、バスガールの制服で歌っている姿はいかにも爽やかな印象を受けた。彼女のようなバスガールが同乗するバスを運転する運転手になってみたいと、焦がれたものである。

 昭和30年代後半頃、路線バスから一斉にバスガールが消えてしまった。バスガールだけではない。いかにも人情味ありそうなボンネット型のバスまで消えてしまった。替わりに最新式にデザインされた箱型バスが登場し、運転手一人だけのワンマンバスになった。この型式は確かに現代的なスマートさはあったが、どこか冷ややかな印象があった。

 ボンネット型バスの退場は残念だったが、それ以上にバスガールの退場は残念でならなかった。車内から花の香が消えたような空気感があった。おっさん目線で言うなら、看板娘のいたタバコ屋のシャッターが閉まり、替わりに無機質な自動販売機が設置されたときのような戸惑いに似ていたのではないか。

 現在、経済のソフト化が進み、「おもてなし」が企業のマニュアルに登場する時代である。だとするなら、路線バスにバスガールを再び登場させる時代が来たとは言えまいか。今風にアレンジしたバスガールの「おもてなし」は、必ずや乗客に喜ばれるはずだ。釣銭を渡すときなどに、コンビニの女性店員さんのように乗客の手をそっと優しく包んだりしてくれれば、経営も上向いて行くこと請け合いである。