【街景寸考】我が家のトイレ事件簿

 Date:2022年01月12日18時42分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 その兆候は1年ほど前から現れていた。玄関脇の駐車場辺りから汚水の臭いが漂うようになったのである。次なる兆候は2カ月前からだった。水洗トイレの水たまり部分が普段とは異なる水位に留まるようになってきたのである。

 排便後に水を流すと、水たまりの部分がいつもより高い水位で留まるようになり、そうかと思えば水たまりの底を着くような低い水位になったりしていた。それから日を追うごとに逆流する水量が増え、ついには便器の8分目まで上がってくるようになってきた。

 それでも肝心なウンコは水を流すときの勢いで排水口の奥に消え、後はきれいな水だけが逆流して便器に戻るという状態がしばらく続いていた。ところが、最悪の事態が起きた。水を流してもウンコが流れなくなったのだ。排水口辺りで上下左右に小刻みに動いていても奥へと流れず、それどころか逆流した水の中で浮き上がってきたのである。

 それは大袈裟に言えば、大きな「黄色の鯉」が狭い便器の中で回流しているように見えた。わたしは思わず悲鳴を上げていた。絶対に見たくない物を見たときの驚きの悲鳴であり、為す術がないという困惑の悲鳴であり、カミさんにこの事態を知られたときの羞恥を想像しての悲鳴でもあったように思う。
 このときは幸いにも、買ってきたばかりのすっぽん(ラバーカップ)を使って何とか凌ぐことができた。すっぽんを排水口に差し込んで吸引すると、ゴボゴボという音を立てながら下がっていく水の勢いで「黄色の鯉」も奥へ消えてくれたのである。

 そこでカミさんは分析した。すっぽんで吸引すれば「黄色の鯉」が排水口の奥へと流れ去るということは、詰まりの原因はトイレの排水口辺りではなく、ずっとその先の排水管か汚水桝にあるはずだと。わたしはその理屈がよく分からなかったが、ともかく庭にあるはずの汚水桝を見てみることにした。

 汚水桝は土がかぶさっていてどの辺りか分からなかったが、カミさんの記憶をたよりにスコップで掘ってみると直ぐ浅いところに丸蓋が出てきた。蓋を開けると、正常であれば溜まっているはずのない汚水がたっぷり溜まっていた。とりあえず桝に溜まっていた汚水を汲み出し、掌で底の状況を確かめることができるところまで汲み出した。と、意外にもカミさんがセミロングのビニール手袋をはめて桝に手を突っ込んだのである。

 桝の底で何か横たわっている木の根のような物の手応えがあったらしく、カミさんは力を込めてそれを引き抜いた。すると、引き抜くと同時に桝に残っていた汚水が一気に下水道の方へ流れて行ったのである。胸のすくような流れを見た思いだった。

 カミさんの手には何かの木の側根が握られ、その先には大きな筆先のような立派に生育したひげ根が目に映った。このひげ根が塊になって汚水管を詰まらせていたのだった。

 ともあれ、このときほどカミさんが頼もしく見えたことはなかった。困惑し、驚き、悲鳴を上げ、最高の結果に終わった我が家の出来事をこの小欄に書かずにいられなかった。