【四字熟語の処世術】「万里一空」

 Date:2016年10月17日09時38分 
 Category:文学・語学 
 SubCategory:四字熟語の処世術 
 Area:指定なし 
 Writer:遠道重任


 今夏リオで開催されたオリンピック、パラリンピックのメダリストによる凱旋パレードが先日、銀座の中央通りで行われた。日本橋室町の三井不動産本社前までの約2・5キロを2階建てバスでゆっくりと走り、沿道に集まったおよそ80万人の歓声を受けた。

 スポーツ競技で世界を相手に戦い抜いた選手達の不断の努力が結実し、故郷日本に錦を飾った瞬間だった。天才と呼ばれる選手もいるだろうが、弛まぬ鍛錬がその陰にあることを我々は知っている。世界で3本の指に入るというのは、誰よりもその努力を惜しまなかった人に与えられる勲章だろう。

 剣豪宮本武蔵はその著「五輪書」の中で「山水三千世界を万里一空に入れ、満天地とも攬(まとめ)る」と言った。解釈には諸説あるが、多くは「世界のすべては同じ一つの空の下にあり、どこまで行っても同じ世界でしかない。故に、冷静に物事を捉える精神的境地を示すもので、どこまでも同じ一つの目標を見据え、たゆまず努力を続けるという心構えを表す」と教えている。

 メダリストが見せる競技への真摯な姿勢は、剣の道を究めた宮本武蔵同様、万里一空の心を表しているに違いない。

 また、五輪書のダイジェスト版とも言える『兵法三十五箇条』で武蔵は「万理一空の所、書きあらはしがたく候へば、自身御工夫なさるべきものなり」と語っている。五輪書では「万里一空」といい、ここでは「万理一空」と表現している。しかもこの言葉は三十六箇条に書かれていて興味深い。つまり、三十五箇条にてすべての兵法を語り尽くしたが、なお、さらに奥深いところのものが存在し、それは言葉で言い表すことはできないというのだ。故に、心して自分で考え工夫するべきであるとした。万理一空、万(よろず)の理は一つの空に帰するとの言もまた、剣豪武蔵が極めた剣の境地そのものなのだろう。

 大相撲の琴奨菊が大関昇進の口上で「大関の地位を汚さぬよう『万理一空』の境地を求めて、日々努力、精進いたします」と心境を語ったことは有名だ。有は無より生まれ、また無に帰すと老子は教えたが、宮本武蔵のたどり着いた境地もまた同じか、それに近いものだったのだろう。

 スポーツであれ何であれ、一つの道を究めようとし、その頂き近くまで上り詰めた者がたどり着く境地、万理一空は凡人に伺い知ることはできない領域ではあるが、凡人なりに努力だけは怠らぬようにしたいものである。