【街景寸考】「あなた、学習院?」のこと

 Date:2019年05月22日08時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 新聞配達をしながら大学浪人をしていた50年前、わたしは東京小平市の日立製作所武蔵工場があるエリアで配達をしていたことがあった。当時、日立の女子バレーボールチームと言えば実業団の名門として名を馳せており、その本拠地が武蔵工場だった。

 朝刊を配達していた途中、女子バレーボールの選手がジョギングをしているところを一度だけ見たことがあった。遠目にはみんな大柄な人影ばかりに見えたので、てっきり全員男子だと思ったが、近づいてくるにつれ女子ばかりであることが分かり、驚いてしまった。更に、どれも可愛い女子高校生のような顔をしていることに再び驚かされた。大きな体躯の上に小さな可愛い顔が乗っかっている不均衡な様は、いかにも奇妙な感じを覚えた。

 つい本題から逸れてしまった。ここで書きたかったのは、武蔵工場の周辺に建ち並ぶ日立職員の住宅団地内でのことである。ある一棟の職員住宅の前で自転車を止めたとき、丁度玄関口から出てきた主婦が、夕刊を手渡そうとするわたしの顔を少し覗き込みながら「あなた、学習院(大学)?」と突然訊いてきたのである。

 学習院と言えば、明治時代に皇族や華族の教育機関として開校された学校であり、今でも良家のご子息・ご息女が多く通う学校であるというイメージがある。わたしのことを学習院大学の学生だと勘違いした主婦の目には、余程わたしの顔立ちが高貴(?)に見えたのだろう。わたしは直ぐに「いいえ、浪人生です」と返事をしたが、しばらくの間誇らしい気分に浸りながら配達をしていた。

 気性の荒い炭鉱町で生まれ育ったわたしは、その当時も粗野で品性のかけらもない若僧であったはずである。ところが、そんな若僧を見て「あなた、学習院(大学)?」と見間違う大人がいたというのは驚きであり、一族の誇りにしてもよい出来事だった。

 そう言えば悪ガキだった小学生の頃も、これと似た経験をしてきた。外出先で久し振りに出会った祖母や母の知人から、一緒にいるわたしを見ながら「あらーっ、賢そうな顔をした坊ちゃんですねぇー」と度々言われていたのだ。明らかに見当違いな評価であるとは思いつつも、その言い振りからはお世辞ではないことを子どもながら察することができた。

 「あなた、学習院?」の一件以降、「もしかしたらわたしは、皇族はともかくとして公家あたりの遺伝子を受け継いでいるのではないか」という妄想を抱いてみることもあった。確かに、胴長短足であることや頭の中身のことは別としても、顔立ちに限れば「高潔な君」のように見えてもあながち的外れではなかったのではないか。

 今後誰かに「あなた、学習院?」と言われるようなことがあれば、「何故わかりました?」と、試しに聞き返してみようと思う。