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【街景寸考】童謡「月の沙漠」のこと
Date:2019年06月26日08時01分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
月の沙漠をはるばると 旅のらくだがゆきました
金と銀との鞍置いて 二つ並んでゆきました
(2番割愛)
さきの鞍には王子さま あとの鞍にはお姫さま
乗った二人はおそろいの 白い上衣を着てました
広い沙漠をひとすじに 二人はどこへいくのでしょう
おぼろにけぶる月の夜を 対のらくだはとぼとぼと
砂丘をこえてゆきました だまってこえてゆきました
童謡「月の沙漠」の歌詞である。子どもの頃は、この歌がよくラジオから流れていた。わたしはどの歌よりも耳を澄ませて聴いていた。可愛らしく澄みきった女の子の歌声だった。童謡歌手の川田正子さんである。その天使のような歌声を聴きながら、王子様とお姫様がラクダに乗って砂漠を行く情景を思い浮かべていた。
聴くたびにいつも同じ情景が浮かんでいた。金の鞍に乗る王子様はわたし自身であり、銀の鞍のお姫様はアラビア風の美しく可愛い女性だった。アラビア風という以外には特に思い浮かんでくるものはなかった。ただし、歌詞の中にある2頭のラクダの並び方には納得がいかなかった。王子様とお姫様は好き合っている仲なので、ラクダは縦ではなく横に並んでいるべきだろうと思っていた。
砂漠の夜は寒い。王子様であるわたしは横に並ぶお姫様に「寒くはないか」と気遣い、お姫様は「大丈夫ですわ」と、やはり同じように気遣いながら答える。黙ったまま砂丘を越えて行くのは辛いので、ときどきこんなふうに会話が必要である。
周囲の空気はシンとして動かず、昼間の砂嵐がウソのように静かだ。寂寥とした砂漠の中にあって、神の計らいでもあるかのような美しい月明かりに見守られている二人には、少しの不安もない。むしろ十分過ぎるほどの幸福感に満ちている。
と、まあこんなふうに自分勝手な想像を楽しんでいた。
「月の沙漠」の作詞は詩人・加藤まさを氏、作曲は佐々木すぐる氏だ。加藤氏は砂漠に行った経験がなかったようだ。「砂漠」を「沙漠」としたのは、モチーフとなった御宿海岸(千葉県)の砂がみずみずしかったからということらしい。
今でも「アラビアン」と聞けば異国情緒の漂う美しい国々を思い浮かべるが、「中近東」と聞けば焼け焦げた臭いがしてしまう。この童謡・「月の沙漠」を、ぜひ「中近東」の人々に聴いてもらいたいと願う。もちろん歌声は、童謡歌手の川田正子さんでなければならない。