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【街景寸考】コロナ禍の買い出し
Date:2020年05月13日08時01分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
5月の5連休が明けるのを待って、カミさんと久しぶりに買い出しに行ってきた。約1カ月ぶりの買い物である。新型コロナ禍ということで頑なに外出を自粛していたので、買い置きしていた食料や猫の餌などが底を突く状態になっていたようだ。
1カ月も買い物に行ってないと、明らかに食卓に並ぶ料理に変化がないようになる。特にゴールデンウィークに入った頃からは、三食ともにおかずの品数が減り、種類も固定化し、彩りも単調になってきた。それでも、乏しくなった食材を器用に組み合わせて作るカミさんの料理は旨かったので、何の不満もなく食生活を続けてくることができた。
当日、車に乗り込むときのカミさんの手には、びっしりと書き込んだ買い物メモが握られていた。その表情からは、いかにもこれから戦場に向かうときの戦士のような気迫が感じられた。わたしはそんなカミさんの迫力に押されるようにアクセルを踏み込んだ。
店内はコロナ禍だというのに、平生と変わらないほどの人出があった。いつもは大根1本買うのに3本も4本も手に取って見分するほど慎重に買い物をするカミさんだが、この日ばかりは感染リスクを考慮し、トータル30分くらいで済ますだろうと踏んでいた。ところが、その期待は直ぐに裏切られた。
カミさんは入口付近に備えられた消毒液で手を消毒すると、用意してきた買い物メモには目もくれることなく、野菜の特売コーナーへと一直線に向かったのである。その様子は、まるで夢遊病者が何かの強い力に惹きつけられているような動きに見えた。
カミさんのこの行動は、コロナ禍であることを考慮すれば、明らかに想定外だったと言わなければならない。巣ごもりをしていた間、毎日のように新型コロナの恐ろしさを語り、わたしが通いの医院へ行こうとすると、マスクだけでなくゴーグルや使い捨て手袋までしていなければ首を縦に振ろうとしなかったカミさんとは、まるで別人だった。
カミさんは20分近く経っても、特売コーナーから離れる気配はなかった。業を煮やしたわたしはカミさんに近寄り、苛立ちを抑えながら「あれこれ商品を触りまくったら感染リスクが高くなるぞ」と少し脅しをかけるように言ったつもりだったのだが、「ウフフ」と笑っただけで正気に戻ってはくれなかった。
わたしはカミさんの、この不可思議な行動をその場で分析してみた。その結果、二つの結論を導き出すことができた。一つは、新型コロナ禍にあっても買い物メモに縛られることなく、特売コーナーは見逃さないという冷静な精神を持ち合わせていること。二つ目は、特売という文字を見ただけで冷静さを失い、直ぐ煩悩に負けてしまう性分なのではないかという分析である。いずれの性分であるかは、正直判断しかねた。
今、カミさんは手づくり防護服を考案中だ。すでに下絵も描いている。そのすこぶる真剣な眼差しに、わたしは冷やかすことも笑うこともできないでいる。もし完成を見ることがあれば、真っ先に着せられるのはわたしである。想像しただけで憂鬱な気分なる。