【街景寸考】靴の中敷きみたいになった

 Date:2020年07月01日08時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 野球部の部室は年中汗臭さで淀んでいた。高校時代のことだ。冬場は臭さも空気の冷たさのせいで縮こまっているが、夏場は半端なかった。この半端ない臭いの半分は、わたしに原因があるのではないかと実は思っていた。

 わたしさえ他の部員と同じように練習後アンダーシャツやソックスをマメに洗濯をしていたら、部室はあそこまで臭くなかったはずだ。実際、他の運動部の部室に色々立ち寄ることがあったが、野球部の部室ほどには臭くなかった。

 当時、洗濯をしていなかったのはわたしだけだった。たっぷり汗が染み込んだ紺色の野球帽が塩をふいて白のまだら模様になっても、アンダーシャツの紺色の袖の部分が塩をふき、胴体部分がカビのような黒ずみの斑点が染みついていても、スパイクの靴底が慢性的に鼻を突くような臭いがしていても、洗ったり手入れをしたりしたことはなかった。

 ソックスの臭いが特にひどかった。ひどかったのは臭いだけではない。汗と泥で足裏部分が黒ずんでせんべいのように硬くなり、革靴の中敷きみたいになっていたのだ。これにはさすがのわたしも、ひどいもんだと思っていた。履くたびに不快感や不潔感を覚えたが、スパイクを履くと足の熱や汗でふやけてしまうので、直ぐに気にならなくなっていた。

 他の部員のように洗濯をしてハンガーにかけて帰っていればよかったのだが、面倒臭いという理由だけでしなかった。毎日、汗で濡れたアンダーシャツを釘にひっかけ、ソックスは丸めてスパイクの中に突っ込んで帰っていた。年中そうしてきたので、これらの悪臭は5坪ほどの狭い部室に四六時中放たれ、淀み、染みついていた。

 部室の臭いの半分はわたしに原因があるかもしれないと言ったが、こうやって思い返してみたら大半を占めていたように思えてきた。それほどアンダーシャツやソックスから放たれていた悪臭は濃度が濃かった。目に沁み、鼻がひん曲がるほどだった。

 こんなに無精だったわたしが、2カ月くらい前から洗濯をするようになった。洗濯機は脱水機能しか操れないので専ら手洗いである。このわたしらしくない決意は新型コロナ禍でのステイホームとは何ら関係はない。突然降って湧いたような決意だった。カミさんは怪訝な顔をしながらも、この突然のわたしの変化に気をよくしているように見えた。

 「洗濯すると心も洗われる」という言葉を聞いたことがあった。確かにわたしみたいな無精な人間でも、洗うたびに心の垢が少しはとれ、気が軽くなることを知った。手洗いなので運動になって健康にもいい。何十年と家族みんなの分を洗濯し続けてきたカミさんの苦労を思いやることができ、精神的にもいい。

 ついでにカミさんのパンツも洗ってよいと思っているが、「エロじじぃ」と叫ばれるのは心外なので絶対に言わない。