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Date:2020年08月19日08時01分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
新型コロナウィルスが世界中に感染拡大し、感染者数も感染による死者数も増え続けている。日本も例外ではない。ところが、このウィルスが多くの人類の命を脅かす大敵であるということは想像できても肉眼で見ることができないので、わたしのような軽薄な人間はその怖さを未だ実感することができないでいる。
国や自治体が「新しい生活様式」を呼びかけ続けても感染が収束しそうにないのは、わたしのような軽薄な人間が足を引っ張っているからに違いない。「新しい生活様式」とは、今更言うのもなんだが不要不急の外出自粛や3密回避、マスクの着用・手洗いなどを習慣化しようとする生活スタイルのことだ。
この「新しい生活様式」は感染から自分を守るためのものではあるが、それ以上に他に感染させないためのものであることを今回のコロナ報道の中で気づかされた。ところが「俺は感染しない」などと見当違いにほざいている輩が未だにいる。感染拡大をみんなで抑えるには「自分は無症状の感染者かもしれない」という自覚を持ち、「他に感染させてはいけない」という「利他の心」で行動してほしいと自戒を込めてそう思うようになった。
医学的に感染防止策として最も期待されているのがワクチンの開発であるが、今は誰にでも具わっているこの「利他の心」に重きをおきながら実行すべきときだ。「利他の心」とは、自分のことだけを考えるのではなく、他の人のことを考え思いやる心のことだ。国家間や人間関係の争いごとを抑止するためにも大いに役立つ大事な心である。
新型コロナ禍で考えさせられたことがある。今回の新型コロナウィルスの世界規模での感染拡大は人類への逆襲ではないかと。地球上を我が物顔に占領し、自然を破壊し、温暖化による異常気象を引き起こし、生態系を狂わせてきたことに対する自然界の逆襲である。人類だけが受ける当然の報いだ。
自然界に棲息する無数の生き物からすれば、人類の存在は自然界を破滅に導こうとする毒性の強いウィルスそのものなのかもしれない。この毒性は、人間だけが持つ身勝手な合理性や論理性によって生成されてきたものだ。独りよがりの合理性、論理性である。
人間の持つこの強毒性は特に産業革命以降から加速化し、自然界や地球環境を破壊し尽くす寸前にあってもなお突き進もうとしている。
先日興味ある話をTVで知った。ウィルスの感染により人間が死ねば、必然ウィルス自らも同じ運命を辿ることになる。人間と一緒に死滅することはウィルスの本意ではないため、そうはならないよう毒性を弱くして、人間と共存できるよう変異することがあるらしいという話である。
同じように人間も地球上で生き残っていくには、人間に潜む毒性を弱くして自然界と共存していくしかない。具体的には、自然界と調和する文明社会の形成を目指していくことであり、そのためには自然界や弱者に寄り添っていく利他の心が何よりも肝要となる。