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【街景寸考】ある警備員の虚栄心
Date:2020年11月18日08時01分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
見栄を張って自分のことを自慢するような者は、あまりいない。見栄を張れば、周囲から謙虚さや品性がない人間だと思われるからだ。ところが、そうした世間体を知りつつも我慢ができずに自慢したがる者がいる。わたしの知る範囲では、ある程度の社会的地位にある中年のオヤジに多かった。女性同士でも見栄の張り合いがあっているようだが、ТVドラマで観ることはあっても実際に見たことはない。
自慢話で特に耐えられないのは、それが嘘だと分かる場合だ。自慢話が嘘ではなくても自分が金持ちであることを見せつけようとしたり、偉く見せようとしたりする言動も見るに堪えない。例えば、聞きもしないのに「この間、〇〇高級ホテルに泊まってきた」と言ってやたらと自慢する場合や、突然「おれは〇〇大学卒だ」と言い出して、初対面の人などに自分が優秀であることを知らしめようとしたりする場合などだ。
見栄を張ろうとするのは虚栄心があるからだ。虚栄心とは自分を実際よりも大きく見せ、良く見せようとする感情のことだ。この虚栄心は、実際に見栄を張るかどうかは別とても、人間なら大なり小なり具わっている性(さが)だと言える。
動物にもこれと似たような行動を観る。オス同士が闘うときや天敵から子どもを守ろうとするときに、背中の毛を逆立てて腰を高く持ち上げたり、鳥が羽を目一杯に広げたりして自分を大きく見せようとする行動だ。自分を大きく誇示しようとする点で言えば、動物の威嚇行動も人間の虚栄心も似てなくもない。
しかし、動物の威嚇行動は種を保存するための本能的な行動として納得できるのに対し、人間の虚栄心は醜い性(さが)の部分として受け入れがたいものがある。その語感からは自惚れ、自己顕示欲、侮蔑など負の感情ばかり浮かんでくるからだ。
ところが、その虚栄心が不愉快な思いや迷惑をかけるものでなければ、許容してもよいのではないかと考えさせられたТVドラマを観た。実話を元にしたものだった。
そのドラマの主人公は、ずっと以前に妻子と別れて独り暮らしを続けているビルの老警備員だった。その警備員が同僚たちと休憩室で夜食を取るときに、通勤バッグから寿司折を取り出して「おらの息子がよう、寿司折をときどき持ってきやがるんだよ」と照れながら同僚たちにふるまう場面があった。
言うまでもなく、同僚たちの前で暗に見栄を張ろうとした彼の作り話である。同僚たちは「そうかぁ、立派な息子を持ってお前は幸せだなあ」と羨ましがり、彼はその同僚たちの傍らで別に持参してきたおにぎりを嬉しそうに食べるのだった。
後日、幾日も仕事に来ない彼を心配して同僚たちがアパートを訪ねたら、荒んだ暗い四畳半の部屋で死んでいたのである。そこで同僚たちは、初めて彼が独り暮らしだったことや、ふるまっていた寿司折が作り話だったことを知り、驚き、涙したのである。
彼の作り話は、世間の目に留まることのない自身を顕示するための、精一杯の虚栄だったに違いない。このТVドラマを観て、許容してもいい虚栄心があることを知った。