【街景寸考】タンポポのこと

 Date:2021年05月19日08時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 見事な変わりようである。タンポポのことだ。鮮やかな黄色の花を咲かせていると思ったら、一旦すぼんでしまい、再び開いたときには、ふわふわした白い綿毛に変化(へんげ)した姿を見せる。その様子は、美しい妖怪変化を見るような思いもなくはない。

 草花のことを知らないわたしが言うのも何だが、咲いた花びらがすぼみ、再び開いたときは全く異なる姿かたちに変わってしまう草花を、わたしは他には知らない。その変化は、歌舞伎役者が舞台で一瞬にして衣装を替える引抜(ひきぬき)と呼ばれる、華麗な演出を想像してしまう。

 更に、このタンポポを東京ドームの大きさに例えるとすれば、この変化は映画「未知との遭遇」の終章に描かれている荘厳で神秘的な宇宙ショーに相当する光景のようになる。これほど見応えのあるショーが野原で繰り広げられているというのに、実際にはほとんど人目を引くことのない小さな事象であることが残念である。

 子どもの頃、この綿毛をそっと摘んでは口元で「フッ」と強く吹き飛ばして遊んでいた。そして、わたしはずっとこの綿毛がタンポポの花だと思っていた。ところが綿毛に変化する前の黄色の花が、タンポポの花だったのだ。そのことを知らずにいたのが恥ずかしい。カミさんにこのことを言うと、目を丸くして「エエッ?」と大声で叫んでいた。

 野に咲く黄色のタンポポの輝きは、そばで勢いよく咲き誇っているツツジに負けてはいなかった。凛と咲いているその光景は、むしろツツジの花がタンポポの花を際立たせるための黒子か裏方のように思えたほどだ。日中の薄暗い木陰で揺れているタンポポの花もいい。遠くから眺めると、ホタルたちが光を放って飛び交っているように見えたのである。

 同じタンポポでも10cmほどの低いものと、50cm前後のものと2種類ある。まず丈の低いタンポポから綿毛に変化し、3週間ほど遅れて丈の高い方も綿毛に変わり始めた。このことも最近知った。同じタンポポなのに、なぜ綿毛に変化する時期が違うのか、なぜ明らかに2つの違う丈に分けられているのか、物知りに聞いてみたい。

 ともあれ、黄色の花から、まるで変わり身の術でも使ったかのように綿毛に変化し、そしてあっさりと風に吹かれて飛び散ってしまうタンポポの潔い「生き方」に、わたしは魅力を覚え、羨ましさも覚える。

 自分の現役時代が黄色の花だとすれば、定年後あるいは隠居後の自分は、果たして変わり身よく綿毛に変化するように第二の人生を生きているかと言えば、否である。だからタンポポの「生き方」に羨ましさを思えるのだろう。わたしの変わりようは、どちらかと言えば茶褐色に萎れて醜態を晒しながら散るツツジの花に近いのかもしれない。

 まだ可能であるなら、タンポポのように見事な変化(へんげ)をしてみたいと思う。