【街景寸考】「鬱屈してきた気持ち」のこと

 Date:2021年05月26日08時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 この何十年間、鬱屈した気持ちを抱き続けてきた。今でも幾分その思いは残っている。国民栄誉賞のことだ。わたしは読売巨人軍の長嶋氏に、この賞の授与の機会を逸してきた政府にずっと不信や不満を持ちながら過ごしていた。

 国民栄誉賞は、読売巨人軍の王貞治選手が本塁打の世界新記録を達成したことを機に創設されたものだ。1977年のことだ。社会に顕著な功績のあったものを表彰する制度としては既に内閣総理大臣顕彰というのがあったが、スポーツ選手を対象にしていなかったことから当時の総理が発案した制度だった。

 王選手の受賞は嬉しくはあったが、小学生の頃から長嶋選手に憧れを抱いてきたわたしにとっては正直残念な思いを引きずることになった。次は近々にも長嶋選手が受賞するはずだと自分に言い聞かせ、はやる気持ちを抑えていた。ところが、野球選手で次に受賞したのは連続試合出場の世界記録を達成した元広島カープの衣笠選手だった。

 こういうことになるのなら、長嶋選手が現役を引退するときに国民栄誉賞を創設して、授与してほしかったのにと悔んだ。この賞が「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えること」が目的なら、その功績は王選手よりも断然長嶋選手だったと確信していたわたしは、意外にも衣笠選手にも先を越されたということに、どうしても納得できなかったのである。
 
 とにかく、長嶋選手の一挙手一投足はどれも美しい絵のようになっていた。更に、長嶋選手には神がかりなところがあった。「ここで打ってくれ」という場面では、大抵ヒットやホームランを打っていたからだ。それを象徴する出来事が天覧試合だ。天皇陛下が初めてプロ野球を観戦したときのことだ。相手チームは阪神、9回裏まで4対4。陛下が間もなく退場しようとするときに、何と長嶋選手はホームランを打ったのである。

 このサヨナラホームランは野球ファンだけでなく、国中が沸き返ったのは言うまでもない。陛下の笑顔が画面に映し出されていた。野球をあまり知らなかった日本人も、陛下を喜ばせた野球選手として長嶋選手は一躍有名になった。 

 これほど国民に愛されたスポーツ選手は、他にいなかったと言っていい。その長嶋氏が、やっと国民栄誉賞を受賞したのは2013年のことだ。王選手の受賞から36年も経っていた。しかも大リーグで活躍した松井秀樹氏との同時受賞だった。同時受賞だったことが面白くなかった。松井氏のついでに長嶋氏を付け加えた授与に思えたからだ。わたしは「遅すぎる。何でここで受賞なんだ!」と心の中で大きく叫んでいた。

 もっとも今は、この賞が政権の人気取りに利用されているだけのものだと察することができるようになってからは興味が薄れ、あまり腹も立たなくなった。

 ところで、先日マスターズで優勝したプロゴルファーの松山英樹氏が受賞したのは、国民栄誉賞ではなく総理大臣顕彰だった。この二つの賞の目的や判断基準の違いが今一つ分からない。政府のいい加減さを思う。