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【街景寸考】ある不登校生のこと
Date:2021年06月02日08時01分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
クラス替えが行われた中学2年生のとき、2学期の途中から学校に来なくなった女生徒がいた。まだ不登校とか登校拒否という言葉が一般に使われていなかった頃だ。
彼女はいじめを受けていたわけでなく、先生に反抗する言動をしていたわけでもなく、表情やしぐさからも家庭に問題があるようにも見えなかった。というより彼女の当初の印象は、ズル休みや遅刻をするような生徒とは真反対の印象に思えた。休み時間などでは、いつも彼女の周りには数人の女生徒が親しく近寄っているという存在でもあった。
余談だが、彼女は美人だった。顔立ちが良く、知的な雰囲気を漂わせた美人だった。美人という言葉を使うような歳ではなかったが、清楚な中にも少し大人びて見えていたせいか、彼女を形容するのに最もふさわしい言葉のように思えた。
そして優等生だと思っていた。ところが意外にも、彼女はあまり成績の良いほうではなかったのである。2年生最初の中間考査のときにそのことを知り、直ぐにはその結果を受け入れることができなかったが、試験前に何か特別な事情があったに違いないとわたしは思いたがっていた。それまでの彼女のイメージを壊したくなかったからだ。
夏休みが明けて2学期に入ると、次第に彼女の欠席が目立つようになり、そのうち長く続けて欠席するようになった。心配した担任は、何人かの女生徒に彼女の家を訪ねさせたことがあったが、そのときに彼女が何を言ったのか、親がどう応対したのか、しなかったのか、そして担任はどういう報告を受けたのか知る由もなかった。
それから数日後、彼女がしばらくぶりに登校してきた。そしてその日の夕方のHRのときに、彼女は毅然とした表情をして席を立ち、担任やクラス全員に向けて「今後はしっかり心を入れ替える」という反省の弁を述べたのである。堂々とした話しぶりは、しゃべり慣れた大人のような語り口調だった。わたしは感心したり、呆気にとられたりしていた。
その反省の弁の中で彼女は何度も「真人間」という言葉を使っていた。中学生のわたしには聞いたこともない高等な言葉に思え、その言葉を聞いただけで彼女が心から反省しているという気持ちが伝わってきた。そして、彼女はもしかしたら、教科の成績を除けばクラスの誰よりも人間的に優れているのではないかと思いながら聞いていた。
ところが、その期待は裏切られた。彼女の「真人間」発言から3日も経たないうちに、再び欠席が続くようになったのである。わたしに直接降りかかって来るような関係ではなかったとはいえ、露骨に裏切られた気がして後味の悪い思いをしていた。
結局、彼女は3年生になっても学校に来なかった。わたしが高校に入学してからまもなくの頃、彼女が結婚をしたという話を駅のホームで偶然耳にした。聞き流しはしたが、謎のままだった彼女の不登校や、「真人間」という言葉を使っていた彼女の大人びた様子を思い浮かべながら、わたしは16歳の彼女の人生が平穏なものであってほしいと祈った。
当時、自分の人生のことさえ碌に考えたことのないわたしが、一他人の人生のことを気にかけたのはこのときが初めてだった。