【街景寸考】「引きこもり」のこと

 Date:2021年06月16日08時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 「引きこもり」が社会問題として注目されるようになって久しい。内閣府の調査によれば、15歳から39歳までが約54万人、40歳から64歳の中高年層が約61万人いるということなので、「引きこもり」の高齢化、長期化の傾向が強まっていることが分かる。

 「引きこもり」で特に痛ましいのは「8050問題」だ。「8050問題」とは、80代の親が50代の引きこもっている我が子の生活を支える世帯が急増しているという問題だ。

 2年前、札幌市で82歳の母親と自宅に引きこもっていた52歳の娘が遺体で発見されるという出来事があった。二人の死因は、共に寒さと栄養失調による衰弱死だった。

 同じ2年前、76歳の元農林水産省の事務次官が44歳の長男を刺殺する事件が起きた。自宅に引きこもっていた長男の家庭内暴力が元で、母親はうつ病になり、長男の妹は結婚話が破談になって自殺したという、辛い事情を抱えた日々の中で発生した事件だった。

 わたしの周辺でも「引きこもり」の話が漏れ聞こえてくる。一人は20代半ばの男性だ。県内でも進学校として有名な私立高校に通っていたが、3年生になってから不登校になり、働く年齢になっても自宅に引きこもったままだ。不登校になった原因は知らないが、過度な受験勉強によるストレスと無関係でないことは容易に想像できる。

 もう一人は、職場内のトラブルがきっかけで「引きこもり」になったという30代半ばの男性だ。ときたま彼の父親や母親と町内で会ったりすることがあるが、いつも笑顔であいさつをしてくれる温厚な人柄だ。会えばつい本人や両親の心中を察してしまい、笑顔を取繕ってあいさつを返している自分が後ろめたく思うことがある。

 どちらの場合も親子で言い争ったりしていることはないようだが、心穏やかなまま家の前を通ることができないでいる。今の状態が続けば、本人の経済的自立や結婚のこと、親が80歳を過ぎたときのことなど、いずれは避けることのできない問題として立ちはだかることになるだろう。そう思うと、他人事ながら無力感を覚えると同時に心が痛む。

 「引きこもり」は大きく二つに分けられる。中高生のときにいじめに遭うなどで不登校になり、そのまま社会に出ることなく引きこもってしまう場合だ。もう一つは、社会人になってからの職場でのパワハラや、リストラ、長時間労働による鬱病、なかなか再就職できないなどが原因となって引きこもってしまう場合だ。

 いずれの場合も、社会の構造的な問題が背景になっているのは確かだ。経済を最優先する中での長時間労働や正規・非正規の格差、学歴偏重や拝金主義、地域コミュニティの崩壊、家族や個人の孤立化など、行き過ぎた資本主義によって生じてきた問題のことである。

 とは言え、社会の側に多くの問題があるにしても、家族の間だけはお互い思いやりを持ちながら強く生き抜いて行くという気持ちの共有が大事になる。加えて、親は自分の子どもを、芯の太い自立心のある人間に育つように導いていく責任がある。

 因みに、米国などは「引きこもり」の問題がない。替わりにホームレスで溢れている。