【街景寸考】「熟睡できた」のこと

 Date:2023年03月01日21時21分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 中高生の頃、学校ではいつも素足のままスリッパを履いていた。凍てつく冬場でも素足にスリッパだけだったが、足先がかじかんで難儀したという記憶はない。小学生の頃を振り返っても、靴下を履いた自分の姿は浮かんでこない。

 足先は冬場だけでなく夏場でも強かった。つま先立ちでしか歩けない炎天下の砂浜でも、わたしは足裏全部で踏み歩くことができた。足先や足裏が強くなったのは、野球やバスケットボール、陸上競技などのスポーツをして、年中走り回っていたからだと思う。

 大学時代は走り回る機会がめっきりなくなってしまったが、アルバイトのときを除けばいつも下駄かサンダルを履いていたので、足先の強さを何とか維持できていたように思う。実際そう思えた場面があった。プールに行ったときのことだ。

 陽炎(かげろう)が立つほど熱いプールサイドを歩き出したとき、一緒に来ていた東北出身の友人が「熱くねぇーのか?」と驚いたような声を発したのである。あのとき、確かその友人はつま先立ちで歩いていたのを記憶している。

 いつもわたしが素足でいたのには理由がある。靴下をいちいち履いたり脱いだりするのが面倒臭かったからだ。同時に、下駄やサンダル履きであれば足先をつっかけるだけで外出できるという点が性に合っていたのだ。そのため足先は常に風通しのよい状態にあったので、臭くなることも水虫で痒くなるということもなかった。

 ところが社会人になり職場に通うようになると、いやが応でも靴を履かなければならない身になった。靴を履かなければならないという法律はないが、さすがに世間の常識に抗ってまで下駄やサンダルを履き続けることはできなかった。

 隠居同然の今はどうか。さすがに冬場になると、くるぶし下までの短い靴下を履くようになった。若い頃と違って、床板を歩くと冷たく感じるようになったからだ。それでも短い靴下を愛用しているのは、履きやすく脱ぎやすいからだ。

 今年の冬はカミさんの忠告もあり、靴下を履いて寝るようにした。履いたまま寝れば深夜尿意をもよおしても、冷たい廊下を平気で通ってトイレに行くことができる。最初の頃は、靴下を履いて寝るのは邪道に思えたり、自分がジジイであることを認めてしまうような屈辱感を覚えたりしたが、古希を過ぎたわが身を思えば仕方のない選択だと観念した。

 靴下を履いて寝るようにしてからというもの、これがよく眠れるようになった。更に、夜中に行くトイレも2回から1回になった。ただ、くるぶし下の短い靴下では布団の中で脱げてしまい、布団の中で脱げた靴下を手探りで探さなければならず、トイレに行くときはわざわざ履き直さなければならないという問題を抱えることになった。

 そのことをカミさんに告げると、「それなら長めの靴下を履いてみたら」ときた。長めは嫌いなので本意ではなかったが、早速、買って履いて寝てみると、何と明け方まで一気に熟睡できたのである。ときにはトイレに一度も行かなくてすむ場合もある。

 靴下を履いて寝ることには良し悪し両論あるが、年寄りは良しの側に立つべきである。