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【街景寸考】人はほめれば向上する
Date:2012年12月27日09時29分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
前にも小欄で書いたことがあったが、小学生のころの私はとても悪ガキだった。教室での私の席は白墨の粉をまともに被る位置、つまり教壇の上に置かれたことがあった。それでも私の授業妨害は改善されず、仕舞には席が廊下に隔離されるという事態にまで至った。
今の時代だったら私は虐待教師の「被害者」として教育委員会やマスコミから大きく取り上げられる立場になったかも知れないが、当時は廊下にいる私が晒し者になっただけだった。
学業もビリに近かった。担任は私に通信簿を渡すときは決まってあれこれと小言を言い、「もっとがんばらないとだめだ」と締めくくった。毎度のことだったので気持ちが反省の方に動かされることはなかった。このころの私が著しく情緒不安定だったのには理由があるがここでは触れない。
そんな問題児が6年生のときに担任からほめられたことがあった。通信簿を貰うときに「体育を5にしたぞ。おまえは運動能力が優れている。これからもがんばれ」と言われたのだ。その学期は跳び箱やマット運動、鉄棒などの好きな授業が多かったということもあった。このとき担任は他の科目のことには一切触れず、体育のことだけほめてくれた。このときの担任は私を廊下に隔離したあの担任ではない。
体育だとは言え、通信簿で最高の評価をしてもらえたのは嬉しかった。そして、体育を通して自分の存在を担任が少しでも認めてくれたということの方がもっと嬉しかった。このほめ言葉をもらってからは体育の授業がますます好きになり、サッカーやソフトボールなどの球技も人よりがんばるようになり、そのせいで上達も人より早くなった。更には不思議なことに、嫌いだった他の学科の成績も少しずつだが良くなってきたのだ。
この話は、つい先日どこかの科学者グループが「ほめられることで運動技能が向上する」という実験結果を発表したという報道を見ていて想い出した。ほめられて向上するのは運動技能だけではないという思いもあった。
若い頃、職場によくほめてくれる上司がいた。この上司にかかれば誰も元気が出、やる気が出た。この上司に影響されて私も自分のこどもたちに「ほめる」を基本とする教育に取り組んできた。今のところ学業に関してはさほどの効果はなかったが、人間性という面では早いうちから親父を超えるだけの成果が出たと思っている。これには親の欲目もある。
ほめることで成果を出すという実践法は思った以上に奥が深くて難しいが、まずはすぐにでも実践すべき教育法であることには違いない。