【街景寸考】栃若時代の想い出

 Date:2013年01月30日09時19分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 昭和30年代前半、相撲界は若乃花と栃錦の両横綱が人気を分けていた時期があった。二人とも小兵だったが四つに組むと大きな力士にも負けない強靭な足腰を持ち、技の切れ味も鋭かった。若乃花は「土俵の鬼」、栃錦は「相撲の神様」と呼ばれ、力が拮抗しているところも大相撲ファンの大きな魅力となっていた。

 この両力士が長い長い大相撲を取ったことがある。その相撲は長いだけではなく、烈しい攻防の連続だった。取り組みの最中に栃錦のマゲがほどけて髪が肩まで垂れた。そして髪が垂れたまま相撲は続いたが、勝負がつかず水入りとなり、水入り後も簡単には勝負がつかなかった。どちらが勝ったのかは忘れたが、身震いするほどの凄みが土俵上から伝わってきたことを憶えている。相撲史に残る名勝負になった。

 この時期、相撲界もマスコミも「栃若時代」と呼んで盛り上げた。大相撲は子どもたちにも人気があり、テレビで見るだけでなく、空地や広場でよく相撲を取って遊んでいた。あるとき近所の女の子が私に相撲を挑んできたことがあった。二つ年上の子だった。何故そういう事態になったのか思い出すことができない。私は挑戦を受けた。彼女は世間体を考えたのか、彼女の家の板壁で囲われた裏庭へ私を導き、小石を拾って素早く小さな円を描いた。

 「はっけょい、のこった」と彼女は短めにそう言って私に向かってきた。そして私の上着を両手で掴むと、真っ直ぐ伸ばしたままがむしゃらに押してきた。初めて見る形相だった。四つ相撲しか取ったことがなかった私は不意を突かれたかたちになった。そしてたいした抵抗もできないまま私は円の外に押し出された。「こんなの相撲ではない」と思わず心の中で叫んだが声にはならなかった。仕方なく「負けは負けだ」と自身に言い聞かせたが、不覚にも彼女の前でベソをかいてしまった。

 彼女とは、その後私が隣町に引っ越したということもあって、しばらく遇うことはなかった。次に遇ったのは2年くらい経ってからのことだ。町中でバッタリという具合だった。彼女は中学校の制服を着ていた。私は2年前のことを思い出して表情を硬くした。彼女は、私の顔に見覚えがあるような、ないような表情をしただけで普通に通り過ぎて行った。

 彼女との話しはそれだけのことである。「栃若」のことを想い出していたら一緒に記憶の隅から出てきてしまった。私の相撲好きは今でも続いている。今は日馬富士のファンである。栃若や千代の富士と同じように、小さな力士が大きな力士を遣っ付ける相撲を見せてくれるからだ。相撲の醍醐味である。