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【街景寸考】レストルームの中で
Date:2013年04月03日09時28分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
水洗トイレと違い、汲取り式の便所は前時代的で嫌いである。第一、臭い。小さい頃住んでいた家の便所は特にひどかった。目に染みて、目が開けられないくらい臭かった。その便所は屋外にあり、夜は母屋から漏れる薄明かりをたよりに行かなければならなかった。そのことが億劫だった。冬場はなおさらだった。夏の夜もいやだった。便所の辺りから怪し気な空気がむらむらと漂っていたからだ。便器に跨ったときに、便槽の奥から人の手が出てくるのではないかと気が気ではなかった。
汲取り式のことをボットン便所とも言った。糞が尻から切れて便槽に落下したときに発する音が由来になったに違いない。音だけなら構わないが、落下の勢いで汚物がしばしば跳ね返ってくる。跳ね返らない様にするには、糞が離れた瞬間に尻をタイミングよく浮かさなければならない。浮かすのが少し遅ければ尻にかかってしまい、かからないように早めに浮かそうとすると排便に集中することができなかった。
その点、水洗トイレは実に快適だ。ボットンとははるかに格が違う。中学時代の修学旅行のときに水洗と初めて遭遇した。それは真っ白に光り、眩しかった。第一糞の臭いがしない。排便を流す段では、その水量の多さとその勢いに驚いたが、都会の人はたかがクソごときでこんなに水を使うのかと感心した。
水洗の洋式を使ったのは高校を卒業して東京に出てからだ。腰掛けながら排便をする経験がなかったので、どのあたりの腹筋をつかえば肛門に伝わるかが分らなかった。迷ったあげく腿の辺りに力を入れたりしていた。結局、私は便座をはぐって便器の上に跨り、和式風でした。大きなカラスが便器に止まっているような格好になり、無気味に1人笑いをした。
先刻、ホテルの「レストルーム」で用を足してきた。中は大理石かなんかが使われていてピカピカだった。古典音楽のBGMと香水の香りに優しく包まれながら排便をした。高等な文明を享受しているという実感があった。