【街景寸考】人間失格・前編

 Date:2013年05月01日09時30分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 もう10数年も前のことである。県警に勤める方と二人で酒を飲むことになった。中洲の小路にある小さな居酒屋で合流した。翌日は朝一番の特急で大分市に行かなければならなかったので、早めに切り上げるつもりだった。大分行きは、大分銀行から1日研修の講師を頼まれていたのだ。

 居酒屋では、最初ゆっくりしたテンポで酒をついだりつがれたりしていたが、彼の律儀さも手伝って次第にテンポが速くなってきた。私の杯が空だと見るや直ちに注いでくる。私もその律儀さに応えようと、彼の盃が空になるや直ぐ注ぐようにした。彼は、注がれると直ぐに飲み干し、飲み干すとすぐさまお返しをするという律儀さできた。私も負けじとそれに応じた。その様子は、まるで早い速度で走る蒸気機関車のクランクシャフトのように両者の間を行き交った。

 結局、居酒屋を出たのは午前1時を回っていた。私はへべれけの状態に近かったが意識はあった。別れ際、タクシーに乗り込んだ私に彼は警察官らしく敬礼で見送ってくれた。タクシーに身を任せたまましばらく経ったころ、大分行きのことが頭をよぎった。

 あと4時間ほどしたら博多駅に行っていなければならない身だった。その不安感が導線になったのか、大分に持参しなければならない資料のことが頭に浮かんできた。その資料は職場に停めた自分の車の中にあることを思い出した。タクシーは自宅までの中間地点をすでに通り過ぎ、取りに戻れる距離ではなかった。

 逆算すると睡眠時間は2時間くらいしかない。自宅に着いたとき、飲みすぎたことを後悔した。蒲団の中で目を閉じたら、異次元の闇の中に落ちていく自分が見えた。夢の中だったのか、眠れない自分がただ無意識に描いていたのか分らなかった。

 朝5時に目が覚めた。頭が疼き、強い吐き気を催した。自宅から幹線道路まで歩きタクシーを拾った。まだ夜が明ける前で暗かった。集中治療室から抜け出てきたような気分だった。博多駅に行く前に一旦職場を経由して、資料を取りに行かなければならない。途中、2度ほどタクシーから降りて路肩に向かって吐いた。吐く勢いで涙が出た。感情的に出た涙も混じっているように思えた。

 どうにか博多駅に辿り着き、特急にちりんに乗ることができた。自分の座席を見つけると倒れ込んだ。顔も洗わず、髪も髭も起きたときのままだと思ったが無視するしかなかった。とにかく大分駅まで行くことだけを考えていた。その先のことは大分に着いてから考えることにした。続きは次号の小欄になる。