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【街景寸考】人間失格・後編
Date:2013年05月08日10時06分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
とうとう特急にちりんが大分駅に着いた。まだ身体が動ける状態ではなかったが、列車から降りるしかなかった。改札口を出たところで目を丸くして近づいてくる男性がいた。
「先生、大丈夫ですか。顔が真っ青ですよ」
大分銀行で研修を担当しているBさんが迎えに来てくれていたのだ。彼は目を丸くしたまま私の顔をあらためて覗き込んだ。
「はあ、ちょっと・・・、風邪を・・・」
Bさんとの距離では酒の臭いがしないはずはなかった。
「それと酒を少し飲みすぎて・・・」
「薬を買ってきましょう」
ただ事ではないと察したBさんは、そう言って駅近くにあるという薬局に行き、栄養剤と二日酔いの薬を買ってきた。私は両方ともその場で一気に飲んだ。飲み干してしまうと、何となく少し元気を取り戻したような気がしないでもなかった。
「先生、始まるまで横になっていた方がいいでしょう」
会場となる大分銀行の本店に着いてからBさんはそう言って私を気遣った。何とか無事に終わらせなければという彼の強い思いが伝わってきた。彼は建物内にある医務室まで私を案内し、開始の時間までそこにあるベットに横たわるよう促した。
いよいよ講義開始の時間がきた。Bさんがそのことを告げにきた。
「よし」
私は、気持ちに力を入れベットから降りた。不思議なことに、先刻までの辛さが少し和らいだような気がした。演壇に立つと会場一杯に埋まった受講者が目に入った。どの顔も真剣である。肝心な講師は二日酔いだった。そのことが恥しかった。普段より緊張しているのが自分でも分った。ところが、その緊張感が逆に元気付けになったのか、講義をしながら段々体調が元に戻ってきているような気がした。不思議に思った。私はその勢いを借りて一気に午前中の講義を務めた。何とか受講者に迷惑をかけなくて済んだようだった。
昼食時にBさんから近くの料理屋に案内された。午前中の講義を済ませたことで気が緩んだのか、二日酔いの症状がいきなり出た。料理にほとんど手を付けることができず、沢庵を1枚くわえただけだった。そして、座敷の畳に横たわった。
「大丈夫ですか」
Bさんは、大丈夫ではない私の様子を見ながら声をかけてくれた。
「・・・・・。本当にすみません。だらしないところをお見せして」
蚊の鳴くような声だった。
「いえ、研修の方はちゃんとやっていただきましたので、安心しました」
結局、午後からの講義も、午前中の緊張感を持続することができ、無事講義をこなすことができた。
「ありがとうございました」
別れ際、Bさんは満面の笑顔で私に礼を言った。「満面の笑顔」が、この日の出来事のすべてを物語ってくれているように思えた。ホテルで仮眠をした後、私は街に出て味噌ラーメンを食べた。美味しかった。味噌ラーメンをこんなに美味しく食べたことはかってなかった。涙が溢れ出た。後悔と安堵の入り混じった涙だった。