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【街景寸考】Y君から教えてもらったこと
Date:2013年05月29日09時13分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
Y君を知ったのは小6のときだ。運動場の砂場で走り幅跳びの練習をしていたら、よそのクラスの子どもたちも加わり、それまで一番だった私の飛距離を大きく超えて跳んだ子どもがいた。それがY君だった。中1になってY君と同じクラスになった。同じクラスになってからY君が運動だけでなく勉強も良くできるということが分った。容姿も動作も格好が良く、女の子にもてた。私も彼のファンになった。
ある夜、Y君の親が営む運送会社の宿直室に級友4人が集合した。Y君を囲んで中間試験の勉強を一緒にしようというものだった。しかし、4人は修学旅行の宿泊先にいるような気分になり、勉強もせずワイワイ騒いでいただけだった。
深夜、Y君が気分転換だと言って事務所の外へ出た。私たちも続いて出た。Y君の向かった先はトラックが収められた車庫だった。1台の大型トラックのそばまで行ったY君は、馴れた手付きで運転席側のドアの鍵を開けて乗り込んだ。私たちも当然のように助手席側から乗り込んだ。そしてY君はエンジンをかけた。
大型トラックに乗るのはY君を除いてみんな初めてだった。しかも子どもたちだけの深夜のドライブである。Y君はときどき親の目を盗んで運転しているらしく、平然とした顔で車を走らせた。私たちはトラックの中で興奮し、大声を出しながらはしゃいだ。今思えば、そのとき何事も起きなかったのは奇跡だったと言えなくもない。
Y君との付き合いはこの1年間だけになった。中2になるとクラス替えがあり、高校も別だったからだ。ところが高3のときのある日の夜、Y君が突然私の自宅に来た。久々に見る顔だったが、懐かしく思う前に彼の暗い表情が先に目に入った。特別用件がある風には見えなかった。
Y君は部屋に入るなり、「おれ、どこかおかしいか」と同じことを何度も訊いてきた。私はその質問を理解することができなかった。ただ、中1のときのあこがれていた彼の印象がすっかり消え失せていたので、驚いたり、不安な気持ちになったりするだけだった。
彼の突然の訪問はその1度だけだった。それから10年以上が経ったころ、風の便りにY君がどこかの精神病院に入院していたということや、自殺未遂をしたというようなことを聞いた。それを聞いて、私は高3のときに彼と交わした会話の一つ一つをなぞるように思い返してみた。そして、とんちんかんな応対しかできなかった自分を思い出し、ただただ後悔した。後悔しながら自分が情けない人間に思えた。そして同時に、このとき彼から人間として生きることの難しさや辛さを学んだような気がした。