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【街景寸考】どこか変だ、体罰論議
Date:2013年06月12日09時07分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
今、世間は体罰論議で騒がしい。クラブ活動の監督による体罰が原因で高校生が自殺した事件が引き金になった。度を超える体罰だったようだ。度を超えなければよいというものではないし、その体罰が度を超えるものかどうかの判別も難しい。
体罰は教育現場やクラブ活動の中では日常茶飯に見られた。女子柔道界でもこの事件の影響からか、監督らの暴力行為やパワハラ行為が同じ時期に明らかにされた。この体罰は日本の軍国主義時代の産物とも言われている。それが未だに続いているということか。その根は深そうだ。これまでこうした体罰を根元から解決するという努力が行われてきたとは言い難い。被害者からの訴えがあり教師が処分される事案があっても、再発防止への取り組みは表面的でしかなく、しかも本人を含むごく狭い関係者の間でしか行われてこなかったように思われる。教育界もマスコミもそうした実態を知りながら、見て見ぬ振りをしてきた。彼らがもっと早い時期からこの問題に徹底して真正面から取り組んでいたら、この高校生は自殺をしなくて済んだかも知れない。
私にとって忘れられない体罰がある。小4のときの担任から一度だけ強く頬を殴られたときのことだ。殴った後、先生は目から溢れる涙を隠そうともせず、優しく微笑みながら私の頭を乱暴に撫ぜた。そのとき、自分のやらかした行為の意味を重く受け止めることができた。同時に、私の悪さで先生を泣かせてしまったことを心から悔いた。
断っておくが、ここでこの先生の行為を例外的なものとして正当化しようとする気は更々ない。更に誤解を恐れずに言えば、中高時代、いつも生徒を叩いたり蹴ったりしていた先生は論外としても、逆に1度も生徒を叩いたことがないという先生の中で、生徒から好かれ尊敬されていた先生がいたという話は聞いたことがなかった。これはあくまで私の狭い経験上からの事実である。
真の教育法がどうあるべきかは門外漢の私は見当がつかない。ただ、その教育法が子どもの目線に立ったものであるかどうかということを現場で忘れないでほしいと願う。子育てを経験してきた親としての率直な気持ちである。どのような行為が体罰となるかならないかの判別基準が作られたようだ。お役人さんたちはこういうものを作って教育現場が改善すると本気で思っているのだろうか。どこか変でねぇかい。