【街景寸考】初めてのラブレター

 Date:2013年08月07日09時34分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 女の子から初めて手紙をもらったのは、中学校に入学する前の春休みのことだ。小6のときの同じクラスの女の子からだった。醤油造りを家業とした家の子で、白壁の塀に囲まれた屋敷に住んでいた。いわゆる、いいとこの嬢ちゃんが、学業・品行も相当に不釣り合いな炭鉱長屋で暮らす悪たれ小僧に手紙をくれたということになる。しかも、その子とはほとんど話をしたこともなかったので、驚いたり、不思議に思ったりした。興奮もした。母は面白がって私を冷やかした。身に覚えのない手紙だったが、冷やかされると顔が熱くなった。

 その手紙には、自分の部屋には誰々のポスターが貼ってあるとか、何とか言う流行の人形を飾っているだとかが書かれており、文章の中身は退屈なものだった。私への思いを書いたようなくだりは取り立ててなかった。冒頭の「お元気ですか」というところぐらいが告白めいているように思え、そこを何度も読み返した。

 母は返事を書けとはやし立てた。真面目に聞いてよいのか、聞き流してよいのか判断をつきかねたが、段々その気になった。その気になってみたが、ハガキ1枚書いたことがなかった私は、郵便というものを使って何をどう書いたらよいのか見当が付かなかった。結局、彼女の書き方を真似て書くしかなかった。

 そして、「お元気ですか」と書いた。次に「ぼくの部屋には」と続けた。そう続けたが、炭住長屋の二部屋と流ししかない小さな家だから「ぼくの部屋」というものがない。嘘を書いて見栄を張ろうにも、あとが続かない。何しろ「壁にはポスターが」とか「飾り棚には何を飾っている」というところでは、古ぼけた神棚と小さな仏壇くらいしか飾ってないので、気の利いた言葉が浮かんでくるはずもなかった。

 結局何を書いたか覚えてないが、その返事を出した後、彼女からの手紙はそれきり途絶えた。下手くそな字が問題だったのか、嘘だらけの手紙がばれたのか。

 その後、学校の廊下などですれ違っても彼女は知らんふりを装った。私に手紙など書いたことがないという風な表情である。女の子というのは男子とは違って、非常にわかりにくいということを学ぶ一件だった。