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【街景寸考】照れ笑いの正体
Date:2013年10月09日10時34分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
その男はホームの階段を勢いよく駆け下りてきた。すでに発車のベルが鳴り止んだ電車に何が何でも乗り込もうという形相である。しかし、ドアは非情にも男の鼻先で閉じた。途端に男の形相は一変し、すかさず照れ笑いの顔になった。
もう少しのところで電車に乗れなかったのだから、本当なら顔に悔しさを滲ませるところである。なぜ笑い顔を作ってしまうのか。答えは簡単だ。自分の失敗を大勢の人から見られているので、その面目を取り繕うには照れ笑いしかないのである。面目という言葉は実に日本的だ。世間体を日本人ほど気にしない欧米人には、わかりにくいかも知れない。
私も似た経験をしたことがある。透明ガラスのドアに気付かず、歩く勢いのままガラスにぶつかったのだ。思わず座り込んでしまうほど額と鼻をしこたま打った。どこかのレストランのドアだった。その衝撃音の方に客の視線が集まったとき、苦痛で歪んだ顔を晒すことはできず、自ら笑ってその視線を薄めようとするしかなかった。尤も、そのときの苦笑いが笑い顔になっていたかどうかは定かではない。
「面目を立てる」という感性は日本的な体裁からきているように思う。電車に乗り込めなかった男も、ドアにぶつかったときの私も、その失敗や恥ずかしさを隠そうとしたのはこの体裁からくるものではないのか。
先日、オリンピックで2大会続けてメダルを獲得した重量挙げの三宅兄弟がテレビに映っていた。番組は、メキシコ大会で兄弟どちらもバーベルを挙げることができなかったことを取り上げ、その失敗の後、兄弟がどのように力を合わせて乗り切ったかについて焦点を当てていた。
その映像を見ていて驚いた。失敗した場面に驚いたのではない。失敗した直後に照れ笑いをした場面に驚いた。しかも兄弟揃って同じ照れ笑いをしたのだ。国を背負ってこれ以上の緊張感はないという戦いの場においてさえ、失敗したあと自然に出てくる照れ笑いに感心させられた。その表情に、忘れていたよき日本人の原型を見る思いがした。礼儀正しさと実直さと謙虚さを混ぜて、おにぎりにしたような表情だと思った。