【街景寸考】ある男たちのお喋り

 Date:2013年10月30日10時18分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 お喋りとは本来楽しいものである。その辺のところは男も女も同じである。どちらかと言えば女性同士のお喋りの方が楽しそうに見える。女性同士はお喋りをするためにわざわざ集まったりできる。男どもは、「一杯やろうか」という口実がないと集まることはない。酒の勢いを借りなければ口を上手く動かすことができない性質があるようだ。

 だが、一滴の酒も飲んでいないのに、一人でいくらでも喋り続ける男がいる。通勤の行き帰りにときどき会う知人のことだ。気さくな人柄で、愛想も良く、ちょっとしたあいさつ程度なら満点の人物である。ところが一緒に並んで歩くと、その評価を大きく下げざるを得ない。

 この知人、会った途端から口が動き出す。そして別れる間際まで喋り続ける。乗った電車も一緒だと小一時間ほどこの一方的な喋りに耐えなければならない。誰かの批判や自分の自慢話、おせっかいな話も多い。ただ、話をしながら感情に走り過ぎてトゲのような話しぶりになるわけではない。どちらかというと論理的である。自慢話も直截的で、微妙に謙遜も加わる。おせっかい話も本気で親身に話そうとする。ただ、相手構わず喋り続けるところが迷惑なだけである。

 「ほーぉ」とか「なるほど」とか相槌を打ってしまうと、彼の口はますます熱を帯び、舌がフル回転の状態に入る。ときには「自分ばかり話し続けていいのかな」と自問してもらいたいと思うが、その辺の遠慮は微塵もないようだ。

 こんな男も珍しいと思っていたら、最近、新たにお喋り男が2人現れた。いずれも、ある取引関係で顔を合わすことになった男たちだ。喋りが止まらないという点では、先ほどの知人と同じだが、透明感がまるきり違っていた。

 疑問に思うことを聞こうとすれば話をそらし、形勢が危うくなると強引に話題を変える。それでも突っ込もうとすると、専門用語をやたらと使って煙に巻く。世間話の中でも平気で嘘を言う。話の中身が皆目見えてこない。二人とも初めて見るタイプだった。

 その二人の残像がまだ残っているときに、前出の知人と会った。お喋りはいつもの調子だったが、いつもと違って耳障りよく聞こえてくるのだ。あの二人と違って話に嘘がないからだと思った。しかし、やはりお喋りは楽しい方がいい。相槌ばかりでなく、適度に自分も喋らせてほしい。