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【街景寸考】炎上の映画館
Date:2013年12月25日10時19分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
どこを向いても炭鉱の長屋が見える環境で生まれ、育った。住んでいた長屋の近くには、炭鉱の会社が経営する映画館があった。大きな木造建築だった。ある夜、その映画館が火事になった。祖母は寝ている私を起こして外に連れ出し、「ほらっ」と叫んで映画館の方角を指した。
炎は映画館の建物を大きく包み、暗い空に向かって燃え上っていた。辺りはサイレンが鳴り響き、サイレンの音を聞いて起きてきた人たちが集まっていた。私は、突然目の前で大きく燃え上がる真っ赤な炎を見て、目が覚めた。初めて見る火事だった。まだ小学校に行く前のころである。祖母によく連れられて観に行っていた映画館だった。
観た映画のほとんどは覚えていないが、「鞍馬天狗」と「化け猫」だけは鮮明に覚えている。嵐寛寿郎の「鞍馬天狗」が、悪人たちを退治するために颯爽と馬に乗って駆けつける場面がある。その場面で観客は声をあげ、手を叩いた。入江たか子の「化け猫騒動」では、大きく口が裂けた怪猫の顔がとても怖かった。怪猫が画面に出てくるときは不気味な太鼓と三味線の音が必ず流れたので、すぐさま顔を伏せた。このときの恐怖感はその後何年も悪夢になって私を苦しめた。
当時の映画館は二本立てが普通であり、祖母はその幕あいの時間で新聞紙で包んだおにぎりを取り出し、私に食べさせた。黄な粉に砂糖をまぜて振りかけた黄色になったおにぎりだった。
後日判ったことだが、火事の原因は漏電だった。燃える映画館を見ながらじっと固まっている祖母の横顔を見上げたら、炎に照らされて赤くなっていた。その赤い顔は、「大火」という映画を観ながら感動しているようにも見えた。
祖母と孫が並んで立ち尽くしていた真夜中の光景だった。