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「やぶ医者」が本当にいた
Date:2012年04月10日10時26分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
2年前のことだ。自宅にいたときに心臓が急に痛くなったのでカミさんに救急車を呼んでもらった。心臓が痛くなるというのは初めての経験だった。隣町にある総合病院に運ばれたが、土曜日だったため専門医はいなかった。当直医は、私にいきなりニトログリセリンを口の中に含ませ、次に点滴を打った。
しばらくして、当直医が横たわった私の顔を見下ろしながら「一番痛かったときが10だとすれば、今はどのくらいですか」と訊ねた。私は「6か7かな」と答えた。血圧も脈拍もたいした数値ではなかったようだが、そのまま入院することになった。
その夜、消灯前に年増の看護師が病室に来て、入院時の説明を色々としてくれた。説明の最後に「大便をするときは心臓に負担がかからないようにイキんで下さい」と言いながら出て行った。イキみの力加減が難しいような気がしたが、すぐ寝てしまった。
月曜日に担当医が病室に来た。歳は60近くか。
「心臓の痛みはどうですか」と訊いたので、「少しずつ和らいでいるみたいです」と答えた。彼は「ふむ・・」と応え、首を傾けた。人はよさそうだが、医者の権威というものがあまり伝わってこなかった。私の病名が心筋梗塞だったことを、このとき知った。
担当医は「カテーテル検査をやりましょうか」と言った。「やりましょうか」で、判断を患者に任せる言い方が気に食わなかった。続けて「今日は九大の先生が来ているのでちょうどいいですよ」と言う。この言葉から、担当医がカテーテルの技術をもたないということや、「ちょうど」の対応で治療を行おうとするこの病院に対して、不信感が強まった。
担当医がヤブだと思ったのはこのときだけではない。退院後、通院しているときもあった。還暦野球をやっていた私は「軽いジョギングくらいはしてよいか」「キャッチボールは・・」「軽い練習は・・」と通院のたびに訊いていたが、いつも「ふむ・・」という生返事をするだけだった。痺れを切らした私は、このいい加減な問診を無視して野球の練習を再開した。
後日、そのことを彼に告げたら、「そうですか」と言いながら、私の話を忠実にカルテに書き込んでいるだけだ。「そうですか」だけで何の突っ込みもない。驚くような表情もなかった。結局、その後もこのヤブは、野球をしていいとも悪いとも言わないままであった。
この話は特別意味があるというわけではない。「やぶ医者」というのが本当にいるということを伝えたかっただけである。