【街景寸考】空腹音のこと

 Date:2014年05月28日10時32分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 腹が空くと「ぐーっ」と腹の虫が鳴く。「早く飯をくれ」という合図である。腹の空き具合が強いほどこの虫はうるさい。家の中や往来にいるときなら騒がれても他人に聞かれることがないので平気である。ところがミーティングや会議の席で騒がれると困る。恥ずかしい気持ちと騒ぐ空腹音に気を奪われ、会議に集中することができなくなるからだ。

 空腹音を同席の人たちに聞かれまいとして上半身を前に屈めたり、両腕で腹部を押さえたりしているが効果はほとんどない。藁をもつかむ気持ちで、目の前のお茶を一気に飲むこともあったが、やはり何の変化も起こらなかった。

 この空腹音を確実に消す方法がある。大きな声を出して喋ることである。同席者は突然不自然な発言が飛び出してくることになるので驚いたり戸惑ったりするが、構わないで喋る。喋りを止めるとこちらの魂胆がばれてしまうので、ひたすら喋り続ける。この手しかない。

 腹が減れば誰でもこの空腹音は鳴っているはずである。ところが会議などの席では、不思議といつも小生の腹ばかりが鳴っていたように思う。屁と違って腹の中心で鳴る音だから、ひょっとして聞こえるのは本人だけではないかと思ったことがあったが、この説が間違いであるというのが結婚してから分かった。自宅にいるときカミさんの空腹音をいつも聞かされることになったからだ。

 ところでこの空腹音の仕組みのことだが、胃か腸の中で空気か何かの気体が圧縮されたときに出る音だと聞かされてきた。だからこの音は胃腸が健康的に動いている証拠だということのようだ。そうであれば何も空腹音を恥ずかしがることはない。そう思っても、腹が「ぐーっ」と鳴れば「腹が減った」と主人を代弁しているのは確かなことなので、やはり恥ずかしい。というか、この「ぐーっ」という音色がどうも下品過ぎるからそうなるようだ。

 これは腹の虫への願望であるが、空腹音が鶯のように「ホーホケキョ」と鳴くことまでは望まないが、せめて秋に鳴くまつむしのように「チンチロ、チンチロ」とつましい鈴の音くらいにしてもらえばと思う。これがかなえば、どれだけ日本人は幸せになれるかしれない。