【街景寸考】「かずちゃん」のこと

 Date:2014年06月04日10時34分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 私が6歳のころの話である。近所に「かずちゃん」という男の子がいた。私より年が二つ上だった。「かずちゃん」はあまりはっきりと喋ることができなかった。考える力も少し劣っていたようなので、一緒に遊んでいても意思が半分くらいしか通じてなかったように思う。動作も少しぎこちなく見えた。いかにも静かで、優しそうな性格だった。色が少し黒く、しかも黒人系のひとたちに似た大きなくちびるをしていたので、近所の子どもたちから「クロンボ」と呼ばれて苛められることがあった。

 私は「かずちゃん」とよく遊んでいた。「かずちゃん」と遊ぶことで何となく心が癒されることが多かったからだ。その癒される感覚は、他の子どもと遊んだときに感じるようなことはなかった。普段、ガキ大将たちは「かずちゃん」を仲間はずれにしていた。たまに声をかける子もいたが、冷やかしだけの場合が多かった。ただの冷やかしだということが分かると、「かずちゃん」は悲しそうに丸い目を伏せた。

 ある日、近所に住む4歳くらいの男の子が用もないのに「かずーっ」と呼び捨てにしたことがあった。「かずちゃん」は自分より小さい子から呼び捨てにされても、いつもの優しい笑顔で応えた。このときの笑顔は、「かずちゃん」の寛容さによるもので、知的障害の影響で作られたものではないと、子どもながら思えた。

 「ちびのくせして、ウチの子を呼び捨てにしないでよ」

 このとき、その場にいた私の背後から突然感情が高ぶった甲高い女性の声が飛び込んできた。「かずちゃん」の母親だった。母親は自分の息子が小さな子どもからバカにされたことが許せないという形相をしていた。

 その母親が継母だということを知ったのはこの後のことだった。「かずちゃん」はその継母からしっかり育てられているという評判を聞いたことがあった。その評判と「かずちゃん」の自宅の裏庭に造られた粗末な小屋で「かずちゃん」が寝起きしていることを知っていた私は、子どもながら辻褄が合っていないような現実を妙に思ったことがあった。

 このように、今でも「かずちゃん」のことを想い出すことがある。想い出すたびに「かずちゃん」のことを忘れてはいけないという思いが強くなっている。