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【街景寸考】早坂茂三氏のこと
Date:2014年09月24日18時02分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
「それで、おれは何時から話せばいいんだ」
政治評論家の故早坂茂三氏は、自分が予約したホテルの客室に私たちを招き入れるなり、そう言った。余計な話は無用だという態度だった。この日は、当時私が勤めていた法人の周年行事が行われる日で、早坂氏に講演を行ってもらうことになっていた。
「スタートは2時ごろになります」と答えると、「ごろ?だと。そんないい加減なことじゃあだめだ。時間は正確に言いなさいよ、正確に」と、早坂氏は怒鳴るように言い放った。「2時ごろ」という言い方に問題があると思っていなかった私は、わざととぼけた表情をしていたら、「正確に何時からだと聞いてるんだ」と、今度は喚き、射るような目で私を睨みつけた。同行した広告代理店の社員は、彼の恫喝するような怒鳴り声に怯えた様子だった。
元総理の秘書として分刻みに天下国家を動かしてきた人間というのは、こうも傲慢さが染みついてしまうのかと感心しながらも、むかっ腹も立ってきた。そして、「そんなら2時です。2時でお願いしますよ」と語気強く言い、私は早坂氏を睨み返していた。「そんなら」は余計だった。
この日は前段で式典が行われ、知事や国会議員などの挨拶が予定されていたので、早坂氏をちょうど2時に登壇させる自信はなかった。しかし、早坂氏から「2時なら2時だと言え」と命令されているようなものだから、「2時です」と言うしかなかった。
彼の政界裏話を交えた政治余話は大変面白く、勉強にもなった。語り口も軽快で、耳にテンポよく入ってきた。話し終えた彼はステージの一番先まで歩み寄り、ゆっくり、そして深々と頭を下げた。その姿勢に聴衆は感じ入ったのか、あらためて大きな拍手を送っていた。
この後、主催側の役員たちが礼と労いを告げるため楽屋に集まった。その役員が揃っているところで私はまたも彼に怒鳴られた。突然「今すぐここから出て行け」と言ったのである。「ちょうど2時」の件かと思ったら違っていた。会場内での音響の具合が気に入らなかったようだった。どう具合が悪かったのか舞台スタッフに聞いたが、首を横に振るだけだった。
彼にとって私は終始間抜けな男に見えていたに違いない。自分の考えを少しも妥協することなく、命を懸けて仕事をしてきた人間の物差しを垣間見た気がしないでもなかった。悔しかったが、勉強になったことも事実だった。