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【街景寸考】晴れてパート従業員
Date:2015年06月03日08時01分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
昨年9月から年金生活者の仲間入りをした。すでに子どもたちは巣立ち、住宅ローンも完済しているので、夫婦で地道に暮らしていけば年金を頼りに何とか食っていけそうだ。夫婦どちらも貧乏な家で育ったので、生活の質が落ちても平気である。
自分の周辺も年金生活者が増えてきたが、ほとんどの者はまだ働き続けている。働き続ける理由を彼らに尋ねると、「健康なうちは家の中にいるより、外に出て働いていた方がよい」という点で共通していた。「家の中にいたら女房から厄介者扱いにされて気が休まらない」という深刻な事情を付け加えた者もいた。
自宅前で散歩中のご老人と顔を遇わすことがある。お互い元気に声をかけ合うところまではよいが、その後は必ずご老人の一方的なお喋りの場となってしまう。お喋りの中身はいつも決まって同じである。「男はねぇ、働けるうちは働いていた方がいいよ。年金だけの生活になると自由にできるお金なんてないので、そりゃ惨めなものだよ」である。
ご老人のこの忠告は、年金生活で女房の完全管理下におかれた亭主の悲痛な訴えでもあった。聞き飽きている話なので適当に相槌を打っていることの方が多いが、ときどきご老人と同じ身の上になったときのことを想像して不安になることがあった。
このご老人の忠告があったからというわけではないが、前期高齢者でも働けそうな仕事を探してみようという気になった。健康体にもかかわらず、一年ほどゴロゴロ、ブラブラしていたという引け目もあった。「年金生活者という不労所得者のような余生をこのまま送ってよいのか」と、自分を叱責する天の声も聞こえてきた。
早速ハローワークに行き週三日ほど働ける仕事を探してもらうことにした。そしたら1、2週間ほどしてミニトマトを栽培する農業法人を紹介してもらった。ミニトマトの栽培というので牧歌的な風景の中で働く自分を想像したが、実際はそのイメージとはほど遠いものだった。900坪ほどの農業ハウスの中で収穫、撰果、出荷の作業を行っているところだった。どの持ち場も作業が速く流れ、それに合わせて身体を動かさなければならなかった。
最初の数日間は辛くて降参してしまいそうになったが、もう少し辛坊すれば必ず身体が慣れそうな感覚があった。その感覚を頼りにしながら、耐えられるかどうか自分を試すのに良い機会を得たと思った。このパートの先にどういう余生が待っているのだろうか。