【街景寸考】初めてのボーナス

 Date:2015年12月02日08時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 独身だった頃、ボーナスをくれる職場で働いたことがなかった。給料も標準額を大きく下回り、厚生年金、社会保険、労災保険のない職場ばかりだった。今でいうブラック企業と言われるような会社だったのかもしれない。

 職種は、胡散臭い絵画の訪問販売やトラックの運転手を除けば、中古車情報誌、企画出版、地方の経済誌、ハウジング情報誌、総合雑誌など、取材や調査をして原稿を書くという仕事をしていた。安月給でも懲りずにそうした仕事をしていたのは、元々活字に携わるような仕事がしたかったからだ。

 それでも世間がボーナスの支給に浮かれている時期が来ると、気持ちが暗くなった。特に冬のボーナス時のときは、寒さが余計沁み込んでくるような気分だった。暖かい場所から一番遠くにいるのではないかと自分を卑下していた。

 ボーナスをもらったら何かをしてみたいとか、何かを買いたいという願望があったわけではない。願望らしきものを強いて言えば、貯金をすることだった。その日暮らしの生活が続いていたので、貯金が少しでもあれば一息着いた日々が送れるのではないかという思いがあった。その日の飯のことを心配するのが煩わしく、その心配にいつもつきまとわれているような焦燥感があった。

 労働組合に加入している労働者たちが羨ましかった。彼らが公園などで集会を開き、拡声器を通して労働者の権利を主張する光景を見るたびに、階層格差を感じていた。自分のような下等な労働条件で働く未組織労働者は、労働者としての最低の権利さえ訴える場所も機会もなかったからだ。労働組合をバックに働いている労働者たちが特権階級のように思えた。そんな彼らが憎らしくさえ思っていた。

 結婚して長男が生まれた頃に転職した職場は、幸いボーナスが出た。初めてもらうボーナスだった。当時は手渡しだったのでボーナス袋の中にある札の厚みが指先に伝わったときは、心臓がいきなり高鳴った。何か悪いことをしでかしたときの高鳴りと同じだった。

 ボーナスはそのままカミさんに手渡した。月給袋と違い、貯金ができるお金なので「一家」という建物を少しずつ作っているという感慨があった。充実感もあった。未組織労働者のことは頭から消えていた。