【街景寸考】「元・有名校教諭」の名刺

 Date:2016年08月24日08時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 動物が縄張りやメスの奪い合いをして争う光景をテレビでよく見る。その場合、取っ組み合う前に威嚇行動から始める場合を多く見る。猫は毛を逆立て、背を丸めて伸び上がり、鳥類は大きく羽根を広げ、犬などは低い不穏な唸り声を上げたりする。ゴリラが立ち上がって両手で胸を叩いたりするのもそうだ。どれも自分を強く、大きく見せようとする行動だ。

 人間も例外ではない。喧嘩相手を睨みつけたり、声を荒げたりする。ときには、両手で指の関節を折ってポキポキと鳴らす者もいる。人間の場合、この「腕力」の競い合い以外に、「偉さ」の競い合いで威嚇行動をとることがある。

 現役のサラリーマンだった頃、1人の年配者が職場にいかにも意気込んで訪れたことがあった。応対に出ると、その年配者は挨拶を交わそうともせず、いきなり名刺を差し出してきたのだ。名刺には「元・○○高教諭」という肩書が刷り込まれていた。○○高校は福岡では有名な進学校だった。その不躾な行為に少し腹が立った私は、「ということは、今はただのジジイですよね」と意地悪く言い返してみたかったが、腹に収めた。

 この年配者は、何かのクレームを持ち込んできたようだった。そのクレームを伝える前に自分の偉さ加減を知らせることで相手をひるませ、ひるんだところで自分の言い分を押し通そうというのが、ジジイのシナリオのように思えた。これなんかは、肩書だけで相手を威嚇しようとする行動の一例だと言える。

 お互いが意見を譲らないような議論の最中に、相手が突然、尋ねてもいないのに「自分は○○大学の卒業生だ」と言い出したり、自己紹介をするときに恥ずかしげもなく「こう見えても前の会社では100人以上の部下を抱えていた」と言ったりするのも、この類である。

 腕力を競う場合の威嚇行動は、「戦わずして勝つ」という合理性があるように思われるが、地位や肩書だけで相手を威嚇する行動も、短時間のうちに他者を従わせるという意味で合理性を推察できなくもない。下品な行為ではあるが、相手が地位や肩書に重きをおく者であるほど、効き目があるに違いない。

 地位や肩書ではなく人物に重きをおく者に対しては、こうした威嚇行動は何の効き目も生じない。高い地位や肩書を持つ自分が、「偉い」と勘違いしてしまうのは周りにへつらう者ばかりがいるからだ。