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【街景寸考】「いい絵がありますよ」
Date:2016年08月31日08時01分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
20代の頃、絵画を売る小さな会社で半年ほど働いたことがあった。ここで働くようになったのは、以前働いていた出版社の同僚とそこの会社の社長が、たまたま親戚だったことが関係していた。まだ30歳を少し過ぎたくらいの社長だった。大学卒業後、父親の援助を受けてデザイン会社を起業したが、数年足らずで失敗したという過去があった。絵画を扱う商売を始めたのは、同じ商売で儲かっていた知人の勧めがきっかけになったようだった。
社長のほかには経理を預かる初老の社員と、販売を担当する若手が2名。その若手の片方が私だった。売っていた絵画は、韓国からの輸入品のようだったが、どういう代物であるのか、仕入れ元がどういう筋の会社であるかについては一度も聞かされたことがなかった。
絵画は静物画が多く、なぜか壺を描いたものが多かった。これらの絵を30点ほど商用車に積み込み、買ってくれそうな家を探した。まだ建物が新しくて、洒落たデザインをした家を目当てに飛び込みセールスをした。
絵画はさっぱり売れなかった。そもそも絵画に対する知識がなく、どんな画家が描いたのか、どのくらい価値のある絵なのかが分からなかったので、当然と言えば当然だった。外見だけでもプロの画商のように演じてみたいという願望はあったが、窓ガラスに映る自分は、誰が見てもただの御用聞きの小僧ぐらいにしか見えなかった。実際、目星の家に飛び込んでも、「いい絵がありますよ。買いませんか」という文句しか言えなかった。
出先が遠方になって日が暮れると、旅館を探さなければならなかった。そういう場合は、老夫婦だけでなんとか営んでいるような、古ぼけた小さな旅館を探した。行商人がよく泊まるような安旅館であり、「よっ、元気にしてるかい」という寅さんの声が聞こえてきそうな旅館のことである。
実際には寅さんの映画と違い、大抵愛想のない女将が顔を出し、粗雑に客を扱う場合が多かった。風呂も小さく、薄暗かった。深夜、仄暗く映し出された天井板を寝床から眺めながら、「いつまでも続けるような仕事ではないな」と思い、そういう自分を悔やんでいた。自分の将来が見えず、その息苦しさを蒲団の中でじっと耐えていた頃でもあった。