【街景寸考】紙パンツのこと

 Date:2016年09月14日08時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 噴霧式「キンチョール」のそばに「マタにきく」と書かれた手書きのコピーが、何とはなしに目に入った。自宅近くのドラッグストアでのことである。股間に寄生したタムシに向けて、この噴霧器を放つという薬剤でもできたのかと思いきや、近寄ってよく見ると「マダニにもきく」と書いてあることが分かった。「ダ」の濁点のところがクリップで隠れていたので、「マタにきく」と早合点したのだった。

 ドラッグストアには、88歳のおじいちゃん(義父)の紙パンツや尿とりパッドを買いに行くことがある。この手の商品は種類が多いので、わたし一人ではおじいちゃんに適した商品を買う自信がないので、必ずカミさんに同行してもらうことにしている。

 大袋の紙パンツ二袋と尿とりパッドを三袋ほど買うだけで、レジの辺りが小山のようになる。それだけなら別に何ということはないが、それらに印刷されている「ズレずに安心」「下着感覚」「たっぷり吸収で快適」などのキャッチコピーが恥ずかしいのだ。

 買っている者が若い年恰好なら、「偉いわねぇ。身内のお年寄りを大事にしているみたいね」という印象の好い視線が注がれることになるが、わたしの今の年恰好なら「そんなに老けて見えないけど、もう紙パンツのお世話になっているのかしら」という目で見られるかもしれない恐れがある。できることなら「これ、わたしのではなく、おじいちゃんのです」と小声でも叫ぶことができたら、どんなによいだろうかと思うこともある。

 ところがそういうわたしも、最近、紙パンツを試してみようかと少しだけ思うことがある。ときどき小便をちびるようになったからだ。尿意がないときに、ちびるというほどではない。座り小便をして立ち上がったときに、ちびるのだ。竿に残っていた尿だと思われる。

 座り小便をするようになったのは、寝起きで頭や足がふらついているときに的を外すようになったからだ。座り小便であれば、的を外すことはない。後は、立ち上がったときにちびらないよう竿を上下に勢いよく振るだけだが、それでもちびってしまうときがある。

 的を外すようになったのも、寝起きのふらふら感も加齢のせいだ。これからも加齢による不都合が色々出始めてくるに違いない。この頃、そう観念するようになってきた。