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【街景寸考】注射のこと
Date:2017年03月01日08時01分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
子どもの頃から注射が怖かった。小学校の上級生になっても怖さを克服できず、そのまま大人になった。注射針を刺される怖さはもちろんあったが、注射を打つための準備をする看護婦さんの動きも怖かった。アンプルを爪でポンポンと弾いてポキッと折るところも、折ったアンプルに注射針を差し込んで液を吸い取るところも、上に向けた針先から液が滴り落ちる様子も。
同じ注射でも、病院によって痛さに差があるような感じもしていた。若くて優しそうな看護婦さんがする注射は、痛みが少し和らいでいる感じがし、無表情に針を突き刺してきたり、キラリと光を眼鏡に反射させて向かってきたりする看護婦さんの注射は、特に痛いような気がした。
針を刺す部位によっても痛さに差があった。上腕にする筋肉注射は痛く、肘の内側にする静脈注射はそれほどでもなかった。一番痛かったのは尻の注射だった。打った後に「しっかりと揉んで下さい」と言われたが、揉むと痛みが走り、揉まなければいつまでも痛かった。
6歳くらいの頃、わたしは注射の怖さに耐え切れず、診察室から飛び出たことがあった。廊下を駆けたわたしは、看護婦さんが追いかけてきたら更に遠くへ逃げるつもりだった。ところが、後ろから叫ぶのは祖母の声だった。膝を患って片足をひきずるようにして歩いていた祖母のことを思い、それ以上遠くへ駆けて行くことができなかった。
大人になってからは、採血のときを除けば注射の機会はなくなり、怖さも忘れかけていた。ところが結婚してからは、子どもたちの注射に立ち会わなければならない立場になった。立ち会うだけなら平気のように思えたが、近づいてくる注射を怖がる我が子を押さえておく段になると、血の気が引き、力が抜けていくのだった。
それからというものは、カミさんにその役目を押しつけてきた。カミさんは難なく普通に務めを果たした。そのときほど、カミさんの母親としての強さに感心し、情けない父親としての自分を恥じたことはなかった。
6年前、足首を骨折したとき、久々注射をすることになった。手術の前にまず麻酔注射をしなければならなかった。大き目の注射だった。その注射を背中の真ん中に打つのだと麻酔医から言われた。麻酔医は横たわっているわたしの耳元に近づき「ちょっと痛いですから」と囁いた後、突き刺した。痛さはちょっとどころではなかったので、わたしは「ウーッ」と声を上げていた。手術室が拷問室のように思えた。
以上の話は、最近、インフルエンザの予防注射をした孫たちの様子を聞きながら、想い出した記憶の数々である。