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【街景寸考】「優先すべき選択」のこと
Date:2017年07月26日08時01分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
定年後、福岡県の外郭団体に臨時職員として5年近くお世話になった。この職場は、県庁からの出向職員とプロパー職員、臨時職員の数が同じくらいの割合であった。興味深かったのは30%ほどいたプロパー職員の人生観だった。
彼らの多くは大学卒業後、東京の大手系企業に勤め、結婚して子どもが生まれると福岡に戻り再就職をするという共通点を持っていた。こうした道を選択したのは、過酷な長時間労働を余儀なくされ、妻子と過ごす時間をほとんど持てなかったというのが主な理由だった。
東京はわたしのような弱い人間が暮らせるところではないと、つくづく思ってきた。ラッシュ時のすし詰め電車、異様なまでの人の多さ、顔を真上に上げないと全体が見えないタワーマンション群、過酷な長時間労働、生き馬の目を抜くポスト争い、高額な住居費、値段表示のない寿司屋等々は、いずれも人間の尺度をはるかに超えた異常な空間であり、よほどパワーがなければまともに暮らすことができない空間でもある。
彼らは口を揃えるように「給料は半分ほどになりましたが、人生はお金だけではないですから。今の生活に十分満足しています」と、実感のこもった表情をしながら言い切っていた。仕事に時間を奪われ、妻や子どもと過ごす時間のない索漠とした生活を続けていく中で、選択した道だった。
何が幸せであるかは人それぞれだが、大都市を脱して地方に暮らし替えをする傾向は、確実に増えているように思う。中には地方都市を通り過ぎて、自然に囲まれた山里まで行き、農業や林業を志す若者も少なくない。大都市からだけではなく、地方都市から脱出して山里に移住する例もある。
近所にもそういうオヤジがいた。彼はそれまで勤めていた電力会社を50歳ほどで辞め、糸島の山間部で小さな観光牧場をしながら生活をするという暮らしを選び、実行した。移住してからもう7年目になる。
こうした夢はざらに聞く話ではあるが、実際に実行した例はほんの一握りだと思う。彼の潔さと強い意志に、大いに感心させられたものだ。また、この亭主の選択に理解を示し、一緒に暮らすことにした女房の決断も見事だったと言える。
わたしの場合、あえて地方都市である福岡を選択したわけではない。不甲斐なく都落ちをしてきただけの負け犬の類である。そのわたしが、福岡で平穏な暮らしを続けることができるようになったのは、たまたま出会ってきた人々や家族のお陰だと言うほかない。
彼らのように家族と過ごす時間を優先する動きは、今後さらに増えてきそうである。