【街景寸考】初めての能楽鑑賞

 Date:2017年09月27日08時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 先日、能楽というものを初めて鑑賞した。否、鑑賞というような高等なレベルのものではない。漫然と舞台を眺めていただけという感じである。

 能楽といえば、シテ役とワキ役という登場人物がいるらしいことぐらいしか知らなかった。劇の類であることは承知していたが、セリフも合唱もすべて文語調の謡いなので、物語の筋が解るはずもなかった。

 加えて、この日の舞台で動くものと言えば、シテ役のゆっくりした所作だけであり、歌舞伎のような大げさな立ち振る舞いや、空中を飛び回るというような刺激的な場面はまったくなく、謡いや楽器がなければ静止画像を見ているような退屈な気分だった。

 公演は3時間以上も予定されていた。この退屈な時間を凌いでいくには、居眠りを決め込むしかなかった。実際、断続的にではあるが眠ることができた。眠りから覚めてからは頭が軽くなり、軽くなった頭を使って出演者の役割を観察してみようという気になった。

 シテ役は一番派手な装束をまとい、一人謡いながら舞っていた。女性用の能面を被って舞っていたが、その表情は微笑んでいるような、悲しんでいるような、はたまた困っているような、怒っているような、何とも神秘的な表情に見えていた。

 ワキ役は「旅の僧」だったが、謡いも舞いもほとんどなく、正座をしたまま気の毒なほど長時間じっとしていただけだった。楽器方は三人、舞台に向かって右から低くポンと鳴る鼓、高くパーンと鳴る鼓、尺八のような音色のする横笛を演奏していた。

 舞台の右端には、謡いの合唱方が2列横隊で8人正座をしていた。合唱をしない間は両手を袴の中に隠し、合唱をするときは両手を出して、ひざ元の扇子を片手で床の上に立てた。これら動作は、シンクロのように同時に行われていた。

 舞台の最後尾に座っているだけの二人の役割がしばらく分からなかった。その役割を知ろうと、張り込み捜査のように凝視していたら、ようやく突き止めることができた。シテやワキがまとっている装束を、ほんの少しだけ整えるという役割だった。恰好だけだった。

 今回、この能楽に出席する機会を得ることができたのは、9歳の孫娘が所属する能楽クラブの関係からだった。その孫娘は退屈な思いもしたであろうが、ともかくも長い公演を最後まで見入っていたのには感心した。

 それに比べ祖父という立場にありながら、間抜け面をし続けていた自分が恥ずかしく、能楽を少しも理解できないまま会場を後にした自分が、ひどく低俗な人間のようにも思えた。