【街景寸考】「元旦の一日」のこと

 Date:2018年01月10日08時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 「火事です、火事です」。元旦は、この声高な電子音声で目が覚めた。時計に目をやると、午前1時を過ぎていた。本当に火事だったら大変だと思い、慌てて蒲団から這い出し、二階廊下から階段下を覘いてみたが、煙が立っている気配はなかった。

 その電子音声は、階段真上の天井に設置している火災警報器から発せられていた。次郎(飼い猫)の仕業だった。次郎が二階廊下の腰壁に乗って後ろ脚で立ち上がり、火災警報器に付けられた引きひもを、前足で引っ張ったようだった。これまで何度か試みていたようだったが、引きひもに届くふうではなかったので、まったく予想外の出来事だった。

 次郎はキョトンとした目をして、わたしの顔を眺めていた。深夜にわたしを突然起こしやがって、肝を冷やさせやがって、それでいて少しも悪びれた様子のない顔だった。その顔を見ていたら急に腹が立ってきたので、「このばか!」と叫びながら次郎の背中をわしづかみにし、勢いよく腰壁の上から廊下に降ろした。

 気を取り直して蒲団に戻ると、年末恒例の「朝まで生テレビ」(テレビ朝日)が丁度始まる時間であることに気づき、目が覚めたついでに見ることにした。田原総一郎が進行するその番組は、いつものように論客たちが激論を戦わせていた。1時間ほど経つと眠気が襲ってきたので、あとは録画で見ることにし眠りについた。

 今度は朝9時過ぎに目が覚めた。いつもと変わらない朝だったので、年が明けたという気がしなかった。カミさんが年末から風邪を患っていたので、階下に降りてもリビングはカーテンがかかったまま薄暗く、キッチンも静まり返っていた。

 昼過ぎ、近くに住む次男家族の初詣への誘いがあり、近くの神社へ行き、そのまま大型商業施設に同行することになった。施設内は元旦だというのに、いつもの土・日より人で溢れていた。元旦の過ごし方としては違和感を抱いたが、自分もそのうちの一人であることを思い、それ以上は考えないことにした。

 自宅に戻ったのは午後4時を回っていた。わたしは一息も入れることなく、ジョギングをしようと近くの運動公園に行った。思いつきだった。

 ひと気のない運動公園は寒々としていた。賑わっている世間の正月とは、まるで異質な空間のように思えた。わたしは、ゆっくりとしたペースで外周を走り始めた。意外にも冷たい空気が心地良く、久々に年が明けたことの嬉しさを噛みしめていた。