わたしがトイレから出てきたとき、カミさんは渋い顔をしながら、「今、ウンコした？」と聞くことがある。わたしと入れ替わりにカミさんがトイレに入ろうとしているときだ。

　「いいや、してないよ」とわたしが答えると、「うそー、うそよ。今ウンコしたでしょう。したはずよ」と刑事のような口調で言い、簡単に信じようとはしない。

　仕方なく「うん」と自供したり、笑いながら「していない」と答えたりすると、鬼の首を取ったようになり、「ほら、やっぱり。ああっ、臭いが消えるまで入れない」と喚く。「ほんのちょっとしかでなかった」と言うと、「ああっ、たくさん出たんだ」と真反対に受け取り、これまた大げさに悲しむのである。

　先日などは、わたしがウンコしたことでよほど気分を害したらしく、「２時間はトイレに行けなくなった」と声を荒げた。まるで自分はウンコなどしたことがないという顔である。

　カミさんがまだ若かりし頃、わたしが住んでいた安アパートのドッポン便所で用を足したことがあった。まだ結婚する前のことだ。この便所、並みの臭さではなかった。鼻に鋭く突き上げてくる臭気で目が沁み、息をするのもためらわれるほどの便所だった。

　カミさんがその便所に入っている間、わたしは気の毒に思うやら、強い刺激臭で倒れるのではないかと心配するやら、この刺激臭が原因で別れ話を持ち出されるのではないかという不安やらで、極度に緊張しながら便所の方の気配を窺っていたのである。

　便所から出てきたカミさんの表情は、思いのほか普通だった。普通を装っていたに違いなかった。あれから約４０年、炊き立ての「さがびより」（佐賀県米）から立ちのぼる湯気の匂いのようなわたしのウンコの残臭を、まるで毒ガスでもあるかのように大騒ぎし、消臭スプレーを手にして「これでもか」と力強く噴霧するカミさんに変わってしまった。

　つい感情に走り、冒頭から脇道にそれてしまった。今回は原発のウンコのことを書くつもりだった。原発から生じる高レベル放射性廃棄物のことだ。この核廃棄物、その猛毒性が分解されるまでには１０万年かかるという話もある。

　原発のことを「トイレのないマンション」と呼ぶ所以である。地球上にこの核廃棄物というウンコが溜まりに溜まれば、住めなくなるという警告だ。福島の事故以降、なりを潜めていた原発だが、昨今、再稼働への動きが活発になってきた感がある。

　カミさんの変化は見逃せても、この変化を見逃すことはできない。経済と生命とどちらが大切かは猿にでも分かる。