【街景寸考】声色のこと

 Date:2018年05月09日08時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 美しい女性から突然道を聞かれたら、いつもの地声で応答するようなことはない。反射的に少し声が高めになる。口調も少し滑らかになる。「感じの良い人」だと思ってもらうことで、安心して道を尋ねてもらおうという気遣いからの応対だ。加えて、多分にスケベ根性も混じっている。

 自宅のインターフォン越しでの会話も、まず来訪者が誰であっても失礼がないよう、普段より少し高めの声で返事をし、何かの訪問セールスだと分かれば地声に切り替わる。近所の気安いおやじの場合であれば、声が高めになり弾んだ口調になる。こうした声色の切り替えは、意識的にすることもあれば、無意識にそうなることもある。

 相手によって声色を変える習性は、誰にでもある。声色とは声の高低だけでなく、強弱や太さ、細さ、抑揚まで加味、調整されたものだ。もっとも、感情が昂り、声色を抑制できないまま発する声色もある。いずれにしても、こうした人間の習性は、世間を渡っていくための不可欠な術であることは確かだ。

 相手が同じ場合であっても、そのときの相手に対して持っている感情や、自分勝手な気分によって声色を変えたりすること珍しくない。当然、相手はいつもの声色ではないことを察知し、声色を通して心の機微を感じるはずである。

 一般的に言えば、地声のまま、あるいは地声より太く低めで喋るときは、相手を上から目線で見ているときであり、弱く高めに喋るときは下から目線にいるときだ。もっと言うなら、低く、太く、強い声色は相手を威嚇し、服従させようとするときであり、高く、細く、弱い声色のときは相手に媚びているときだ。相手を罵倒するとき声色は低く、太く、強くなり、誰かにお金を無心するときは細く、高く、弱くなる。

 日本の女性は欧米の女性と違い、地声より高めに喋る傾向がある。男女の声帯の違いもあるが、それ以上に「かわいい」をアッピールしようとする心理が窺える。もちろん、地声が低くてもそのまま喋る女性もいるが、正直こうした女性はあまり可愛らしくない。

 ところが、意志の強さや知性を感じるのも、低めの声の女性に多い。極論だが、「かわいい」女性と自尊心の強い女性は、対極の位置にあるような気がしてならない。

 多分に「人は見た目」で評価されることがあるが、声色(言葉の中身が解らなくても)だけからでも、ある程度その人の性格や品性、能力まで窺うことができる。