【街景寸考】トークショーがはねた後の座敷で

 Date:2018年07月11日08時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 20数年前のことである。当時勤めていた公益法人で、著名人を招いて消費者向けのトークショーを企画したことがあった。出演をお願いしたのは、芸術家の岡本太郎、作家の野坂昭如、映画監督の篠田正浩、女優の藤田弓子の4氏だった。以下は、トークショーがはねて4氏ら一行と会場近くの料理屋で食事をしたときの光景である。

 料理屋の座敷に入ったとき、岡本太郎に同行してきた女性マネージャーから、「岡本は足が悪いので、座布団を重ねて椅子に座るようにして下さい」という要望があった。すぐさま5、6枚の座布団が積み重ねられると、岡本氏はそこへゆっくりと腰を下ろした。座敷は岡本氏だけが他の者を見下ろすような、変てこな宴席のかたちになった。

 酒が入り出すと、最も宴を盛り上げてくれたのが藤田弓子だった。彼女は周りに気を遣いながらも、よく喋り、笑顔を振りまいた。女優ぶったところは少しもなく、むしろ下町辺りの気のいいおばちゃんの雰囲気をかもし出していた。

 篠田正浩の場合は、笑みを浮かべながら聞き役に回っているという感じだった。普段は映画監督として鋭く人間観察をしているのだろうが、この座敷ではまるでそうした眼力のようなものは感じられなかった。わたしは、彼が女優・岩下志麻の旦那であるということが、最後まで頭から離れることはなかった。

 野坂昭如に目を移すと、注がれた盃の酒を機嫌よさそうに飲んでいた。ところが酒の注ぎ手が野坂氏に何かを話しかけても、積極的に話に乗ってくる様子はなかった。「はあ。はあ。」と頼りなげに返事をしているだけの様子が多かったように記憶している。

 岡本太郎は積まれた座布団に腰掛けたまま、全体に無口を通していた。ところが突然、その岡本氏が野坂氏の背後に立ち、野坂氏の後頭部に向かって放尿をする仕草をしたのである。座敷は一時静まり返ったが、何事も起きなかった。以前、野坂氏が酔っぱらって映画監督の大島渚の頬を殴ったときのテレビ画面を見たことがあったわたしは、ここでも「芸術は爆発だ」の岡本太郎を殴るのではないかと、ハラハラしながら場の展開を見守っていた。

 面白かった場面はまだあった。「あなたね、そういうウソは一対一のときに言ったらだめですよ」と、ひと際高い野坂氏の声が聞こえたときのことだ。戦時中、戦闘機乗りだったというわたしどもの役員が、「空中戦のときに敵国の飛行士の表情が見えた」と言った話に対して、野坂氏は「見えるはずがない」と言い張ったのだ。この件に関しては、結局両者とも最後まで譲り合うことはなかった。

 この座敷で展開されたこれらの光景は、わたしの人生の1コマに納められている。