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【街景寸考】「元気しとったね」のこと
Date:2018年10月10日08時01分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
「おっ、○○さんチのおばちゃん、元気にしとったね。なごう見らんやったねぇ」
「あんた、わたしが死んだと思うとったやろう?しばらく娘んとこに行っとったとよ!」
かつて地元商店街では、こうした親しげな会話が日常的に交わされていた。そこは店主との会話はもちろん、同じ地元の客同士の主な交流の場でもあった。
ところが大量消費時代を迎えた昭和40年代になると、大きなスーパーが全国的に現れ、その後コンビニも乱立するようになった。こうした大手系商業店舗の展開により、地元商店は急速に廃れ、貴重な交流の場も失われてしまうことになった。そして、「シャッター通り」という言葉が各地で聞かれるようになった。
スーパーもコンビニも店舗面積に差はあっても、「いらっしゃいませ」という店員さんのマニュアル的なあいさつや簡単なお客との遣り取りを除けば、会話で賑わう光景をほとんど見ることはない。お客は勝手に陳列棚に行き、目当ての商品をかごに入れ、レジで代金を払う。そうしたお客の動きは、ときには無機質なロボットのように見えることもある。
更に、大型複合商業施設が登場するようになると、買物の形態も大きく変化してきた。施設内は多くの専門店が軒を連ね、レストラン街もあれば映画館も本屋もある。歯科医院やマッサージ店もあり、幼児たちの遊技施設もあれば、休憩コーナーも随所にある。この巨大な建物の中で楽しい時間を過ごし、その後に買物をするという消費スタイルが増えてきた。
その集客力は凄まじく、特に土・日になると人々を根こそぎ吸い込み、周辺の地域をゴーストタウン化してしまいそうな不気味なパワーを感じることがある。こうしたパワーは、旧市街地を中心に築いてきた地域のコミュニティ(まち)までをも破壊する巨大な怪物のように思えなくもない。
ところが、この巨大な怪物は大勢のお客は喰っていても、たくさんのお金を喰っているようには思えないのである。というのは、わたしもしばしばカミさんと大型複合商業施設に行ってはいるが、ときどき本を買うことを除けば、大抵は近くのスーパーでも事足りるような買物しかしていない。それでもわざわざ複合商業施設に行っているのは、建物の中をさまよい歩きながら、「見てるだけ」のショッピングを楽しんでいるからである。
消費者の振りをしている偽客のような存在は、わたしたちだけではないはずだ。怪物に吸い込まれる大半が、「見てるだけ」の客だと言ってもいい。実際、いつもお客で溢れていた隣町の大型複合商業施設が、ネット通販のシェア拡大等もあってか、売り上げ不振で来年早々に閉店することになった。栄枯盛衰とはこういうことなんだろう。
おそらく閉店した後の建物は、死に絶えた巨大な怪物のように見えるはずである。そんな光景を想像していたら、かつて地元商店街で交わされていた「元気にしとったね」の声が聞こえてきた気がして、懐かしく切ない気分になった。